名も無き猫の最後

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 動物の死神は横たわる野良猫をじっと見つめながら静かに答えた。 「一年前、私はこの野良猫を迎えに訪れました。昔と違い野良猫に餌をやる人間は減った。猫たちには生きにくい世の中に変化したのです。ヨボヨボにやつれこの猫はもう動く体力も無く垣根に身を隠し最後の()を待っていた」  当時、魂を奪い去るべく野良猫の重い瞼をゆっくりと閉じるように、動物の死神が野良猫の額に手をかざした時、突然食べかけの食材が猫の目の前に転がり現れた。 「あの野良猫は、小さな子供に命を救われたのです」 「フッ、一時の情けなど何の役にも立たぬ」  動物の死神は再びゆっくりと首を振った。 「あの時、園児のお腹も空腹でした。食べかけの食材を放置したのは、野良猫が興味を示すかその反応を見たのです」 「まさか……、 落とした残りの食べ物――」 「そうです。彼は偶然落としたのではない。母親の叱責する姿を察し、取り上げられる前に、ワザと残りの食べ物の全てを地面に投げつけた」 「……」  その後も毎日のように、母親の目を盗み小さな手のひらに隠し持った食材は通園の最中、垣根の下へと投げ入れられ、野良猫は今日まで生き延びていた。 「あれから一年、本来消えていた命の重みを悟ったのでしょう。この野良猫はずっと陰で命の恩人である彼の姿を見守っていた。そして悲劇が起きたのです」 「……」  野良猫は動物特有の感覚により死神の存在を感じ取っていたのだろう。自らの奇妙な行動により、動物の死神を呼びつけていたのだった。 「ここでは少年の命に代え、あの野良猫の魂を私が持ち去る故にどうぞお帰りくだされ」  動物の死神は人間の死神に敬意を払う。 「人間の命と野良猫の命を引き換えろだと――、 くだらぬっ。 フッ……、 どうやら長居をし過ぎたようだ。また別の魂を迎えに行かねばならん。ここはお主に任せた、好きにしろ」  そう言葉を残し人間の死神は姿を消した。  人間と動物、同じ命に違いなどない。あるとすればそれは人の心の持ち方一つ。  横たわる野良猫の瞳には一寸の迷いもない。  死神はそっと野良猫の顔に手を差し伸べ瞳を撫でるように瞼を閉じさせた。 『安らかに眠るがよい』 そう言葉を残し。  ― END ―
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