名も無き猫の最後

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 四月初旬、新たな門出を祝福するかのように春風と共に小さな花びらがひらひらと宙を舞う。目指す場所でもあるのだろうか? 花びらは地上へと着地してもなお、ころころと自然に身を委ね転がり続ける。  住宅地の庭先で咲いたその花は、まだ薄く淡い桃色の色彩。視界で感じ取れる濃淡のもとはアントシアニンによるもので、植物が紫外線から自らを守るべく蓄えられるその天然色素が花びらの色合いを変化させている。まだ薄いその花びらは開花直後の桜から散り、何処からか彷徨い続けていた。  アスファルトに残るマンホールほどの血だまり。小さな花びらはその場で静止した。  まだ艶やかな輝きを放つ血だまり、小舟のように血面に浮かぶが決して交わることはなく薄く淡い桃色の色彩は変わる事はない。住宅街を彷徨い続けた花びらの目的地、同じようにその終着地を目指し現れた一匹の薄汚れた野良猫。その日暮らしの生活、飼い主のいない猫の毛並みは見るからにゴワゴワとし、偏った栄養と不衛生からか皮膚の一部が(ただ)れている。白い身体に黒や茶色のぶち模様が幾つか点在する『とび三毛』と呼ばれる猫種。  まだ警察の交通事故検証の最中、その野良猫は路上に散らばる傷のついた真新しいランドセルを見つめた後、血面に浮かぶ桜の花びらを覆い隠す様に自らの身を投げ出し横たわる。その意味不明かつ不気味な行動に周囲の人間たちは近寄る事無くただ茫然と見つめていた。やがて外傷の無いまだ生きている野良猫は、交通事故により死の淵に(のぞ)む一人の被害者の血痕に身を染めてゆく。
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