名も無き猫の最後

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 一年前――、 園児の帽子にはフェルトで作られた猫耳、お尻には毛糸の中央に細い針金を隠し入れくねくねと形を変化させる猫の尻尾。お遊戯を終えた衣装のまま嬉しそうに小さな男の子は母親と共に歩く。  幼稚園での発表会を頑張ったからだろうか、園児の手にはコンビニでご褒美に買ってもらった小さなチキンボール。美味しそうに口にしながら歩く足は一軒の古びた空家の垣根の前で止まった。  園児が目にしたものは、汚れた一匹の野良猫。怯えているのか身体を小刻みに震えさせじっと身を潜めるが、痩せこけた身体には幾つもの骨の形が浮き出ていた。 「コロンッ」  目の前に転がり落ちた食べかけの小さなチキンボール。園児は手にした一口かじった食べ物を野良猫に投げ与えた次の瞬間、異変に気が付いた母親は我が子を叱責する。 「ダメよ! 汚い野良猫、噛まれたらどうするの!!」  当然の事だろう。母は我が子の身を守るべく、野生の小汚い野良猫を警戒しながらシッ! シッ! と、怯える猫に抵抗し我が子の手を取ると逃げる様に先を急いだ。  その時だった。園児はまだ二つほどしか口にしていなかったチキンボールを地面へと落とし、幾つも転がる。 「もうっ! 何やってるの!!」  我が子を叱りつける母親は野良猫に襲われる事を警戒し、食べ物は放置したまま子供を抱きかかえ姿を消した。
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