黒の先に見るミライ

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黒の先に見るミライ

 僕の居場所はどこでしょうか  生きている意味は何でしょうか  そんなものはないと諦めていました  手に入れる資格も望む資格も  僕にはないと思っていました  色のない僕の世界に光は必要ないと  そう思い込むようにしてました  ひどく黒いこの感情も  君を縛り付けるこのずるい言葉たちも  最低で最悪な醜い僕  卑怯で臆病で弱い僕  そんな僕はきっと許されないのでしょう  それならもうーー ◆◆◆  「……くん……て……」  思考が上手く纏まらない、意思が定まらない。ふにゃふにゃと境界が曖昧な世界で誰かの声が聞こえた。心地いい、よく慣れ親しんだ声。 「うさくん、起きて!」  ああ、恵美だ。恵美の声だ。そう思った。  鈴の音のようにころころとしたこの声。僕を呼ぶときに彼女だけが使う特徴的な呼び方。 「起きてー」  元気な声で世界が揺れる。段々と明るくなっていく。 「うさくん」  ゆっくりと目を開けた僕の手に彼女の手が触れた。 「おはよ!」 「……おはよ、恵美ちゃん」  ぎゅっと手を握り返せば彼女はくすぐったそうに笑い声を上げた。  繋いだ手が温かい。今日も側に君がいる。その幸せを噛み締めて僕は笑い返した。 「うさくんが起きたっておばさんに伝えてくるね」  僕が起き上がるのと同時に恵美が離れていく気配。ドアは開けっ放しなのだろう、開閉音は聞こえず恵美と母さんの声が微かに耳に届く。  いつまでもベッドに座っているわけにもいかないからと、僕はカーペットの敷かれた床に足を下ろした。両手をシーツに付きゆっくりと立つ。そのままリビングへ向かおうと歩きだしたのだけれど、一歩進めた右足が何かに当たりガタッと音が鳴った。 「うさくん!」  思ったより大きかったその音に身をすくめていれば、慌てたような足音と共に部屋に恵美が戻ってくる。 「大丈夫? もう、危ないから朝は一人で動かないでって言ってるのに!」 「ご、ごめんごめん」 「もー」  きっと今、君は怒ったように頬を膨らませて、でも少し呆れたように笑っているのだろう。あの頃のように。 「はい、手」  一度離れていた温もりがまた帰ってくる。指を絡めれば、くんと軽く引っ張られた。 「リビング一緒に行こう、うさくん」 「うん。ありがとう恵美ちゃん」  これくらいいいよ、って。恵美が僕を支えながらゆっくりと歩き出す。住み慣れた家の中に広がる、甘く優しい匂い。曖昧な世界を揺らす君の声。  ……幸せだ。  手を握り返す。温かい。  この温もりが今の僕のすべてだった。  僕は、目が見えないから。 「陽、おはよう」  リビングに入るとすぐに、トーストらしき香ばしい香りとスープの美味しそうな香りが鼻を刺激した。 「おはよう母さん」 「私もう行くわね。今日も気を付けるのよ? 危ないから一人になっちゃダメだからね。ああそうだ、お弁当はテーブルの上に置いたから忘れないで持っていきなさい」  慌ただしく支度をしながら母さんが僕たちと入れ違いに玄関の方へと向かう。会社員として働いている母さんの朝は忙しくゆっくり話す時間は夜までほとんどない。 「わかったよ。行ってらっしゃい。母さんも気を付けて」 「ええ。恵美ちゃん、陽をよろしくね」 「任せてください!」  行ってきますという母さんの声と、バタンと玄関のドアが閉まる音。リビングには忙しい中母さんが作ってくれた朝食の匂いで満たされている。食べよっかと二人で笑い合って椅子に座った。 「いただきます」  見えない僕のために、なるべく食器を使わずに済むようにと用意された朝食。ジャムが乗せられたトーストに野菜のスープは家の定番メニューだった。 「美味しい……おばさん忙しいのに、私の分まで一緒に作ってもらっちゃってるの、やっぱり申し訳ないなあ」  向かいの席に座り同じように朝食を口にしている恵美がポツリと呟く。恵美が毎朝家に来てくれるようになってから、当然のように恵美の分も朝の食卓に並ぶようになっていた。 「平気だと思うよ。母さんも恵美のこと気に入ってるから」  幼馴染みを気にして色々と世話を焼いてくれる優しい恵美に対する、お礼なのだと前に言っていた。 「そんな大層なことできてないのになあ」  恵美は困ったように、でも嬉しそうに笑う。朝の一人の食卓に恵美がいてくれるのは僕も嬉しいこと。  何だか目が見えなくなってから、一人が苦手になってきたなあと改めて感じて僕は苦笑した。  五年前のあの日。小学生だった僕たちは、家に帰るために通学路にある横断歩道を渡ろうとした。そこは結構大きな道路だから安全だと言われていた場所で、ちゃんと信号もついていたし白線が剥げているなんてこともなかったと思う。小学生でも渡っても良いと言われている、唯一の横断歩道だった。  だけど信号無視の車が突っ込んできて。恐怖のあまり動けなくなってしまった恵美の背中を、咄嗟に僕は突き飛ばした。そしてーー  目が覚めた時、色も物も何もない曖昧な世界にいた。  姿は見えないのに皆の声が聞こえるという、そんな不思議な状況にも今はすっかり慣れて、家の中では自由に動けるようになった。それもこれも全部、いつも助けてくれる恵美と母さんのおかげだ。 「ごちそうさまでした」  手を合わせながら考える。きっと、僕は恵まれてるんだろうな。 ◆◆◆  「おーい宇佐美くん?」 「え、あ、はい」 「どうしたの? すごく遠い目をしていたけれど、体調でも悪い?」  先生に軽く肩を叩かれハッと我に返る。いつの間にかホームルームは終わっていて、帰り支度を始める音が周囲に溢れていた。 「いえ、すみません。ぼうっとしてました」 「そう? ああそうだ、榊さん今日も来るのよね?」 「はい。そう言ってました」 「普通科の日課、今日ちょっとずれてるみたいなのよ。もしかしたら少し待つかもしれないわね」  そうなんだ。知らなかった。  同じ敷地内にあるとはいえ、校舎は違うから恵美と学校生活では関わりがないんだよね。  いつも隣にいる彼女が学校では全然違うところにいる。遠いこの距離は今でも違和感だらけで全く慣れない。  ……普通科、か。  鞄を手に取り机の上に置いて、ぼんやりと考える。もしも僕が普通科の生徒として入学できていたら、もっと恵美の近くにいられたのかな、なんて。 「うさくん!」  突然恵美の声が響いてきて、完全に油断していた僕は不意打ちにビクッと肩を揺らした。 「ごめん、遅れたあー! 聞いてよもうほんと意味わかんないの。ただでさえ時間割遅れてるのにその後の掃除ジャンケン負けちゃって!」  少し不機嫌そうな君の声。僕は思わず笑ってしまった。 「ええ、何で笑うの?」 「あははっ、ごめんごめん。何でもない」  変なのーと恵美が笑う。でも何だか恥ずかしいから理由は言えなかった。  君が迎えに来てくれる。  この日々が幸せで安心した、なんて。そんなキザなセリフは僕には似合わないし。 「わっ、綺麗」  マンションまでの道を歩いていた時。不意に恵美がはしゃいだような声を上げた。 「どうしたの?」 「あそこに桜の木があるの」  桜。そう言われて改めて辺りに意識を集中させてみる。信号の音。行き交う人々の足音。その中に混ざって微かに漂ってくる花の香り。 「ほんとだ」 「前に話した、公園の真ん中にある木。この辺りでは一番大きいんじゃないかな。今も高校生っぽい女の子と男の子がその近くにいるよ。まだつぼみもあるみたいだけど、もうほとんど咲いてるからきっともうすぐ満開になるかな」  見えない僕のために、恵美はよく風景を細かく教えてくれる。想像しやすいようにしてくれる。だから僕の頭の中には、自然とその情景が浮かんでくるんだ。  桜は知っている。ここにある公園も幼い頃から知っている。その中央にあったあの木が今ピンク色に色付いている。つぼみもあるけれど満開に近い桜。五年前の記憶を頼りに作られた情景は、恵美の言うようにとても綺麗だった。  でも同時に思う。きっと、違うんだろうな。  僕の中の公園の遊具はまだ新しい。大好きだった滑り台。今は老朽化により使用禁止と黄色のテープで閉鎖されているのだと前に教えてもらった。でもそのテープを僕は知らないから、僕の公園には登場してこない。所々剥げているらしい塗装も存在しない。公園の向こうに見える街並みはぼやけていて曖昧になっている。桜の木の下にいるという女の人も男の人も、ふわふわとしていて見えない。  どうしても僕の世界は不確かで、現実にはなれない。恵美が見ている世界と僕の見ている世界はもう、交われない。同じものを見ることができない。恵美の言う美しいという言葉に、本当の意味で共感することはできない。恵美には頭で作り出した偽物ではなく、本当に美しい景色が見えているから。 「いいな……」  何も考えずに口に出してしまってからハッと我に返る。その時にはもう遅かった。 「……うさくん……」  苦しそうな、今にも泣き出しそうな恵美の声。 「ごめんね」  丁度吹いた風が静かに僕らの間を流れていった。 「……何が? 恵美ちゃんのせいじゃないよ」  恵美の手は僅かに震えていた。その冷たくなった指先を包み込むように僕は握る。 「でも、うさくんは私を……」 「僕がしたかったことだから。恵美ちゃんに怪我がなくて本当に良かった。守れて良かった。あの時のことを後悔したことは一度だってないよ」  だから大丈夫。ね?  君の声は聞こえなかった。代わりに繋がれた手に力が込もる。たぶん今、無理をして笑ってるんだろうなって。簡単に想像がついて。  それ以上僕は何も言えなかった。胸の奥に固く仕舞いこんでいるはずの思いが、ドクンと波打ち嫌な音を立てた、気がした。 ◆◆◆  エレベータを下り、またねと玄関の前でいつものように恵美と別れる。朝とは違って恵美は僕の家に上がらない。隣にある恵美の家に真っ直ぐ入っていく。それが少し寂しい……なんて。  馬鹿だ僕は。これ以上何を望むんだ。  浮かんだ思いを急いで振り払い僕は自分の部屋へ。手探りで玄関の鍵を閉めて、壁に片手をついて歩けばすぐだ。  パタンとドアを閉める。そこから五歩でベッドがある場所。その間に他の物はない。僕は倒れ込むようにしてベッドへ横たわると布団に顔を埋めた。 『……ごめんね』  さっきの恵美の声が脳内で再生される。彼女の声は苦しげだった。震えていた。それを聞いて、あの時僕は。 「……最低だ」  ぎゅっと唇を噛んだ。 「馬鹿だ」  口内にじわりと広がっていく鉄の味。身体に染みていく罪の味。黒色の罪の感情が僕を染めていく。  彼女は優しい。こんな僕を見捨てないで、今も側にいてくれる。目の見えない僕なんて邪魔なだけだろうに。自分のせいで、という罪悪感と責任感だけで隣に居続けてくれる。それなのに。  あの時、僕は何て思った?  恵美の言葉を聞いて、何を思った? 「僕は」  ……それでいい。そのままでいい。  たとえ罪悪感でも責任感でも。  優しさでも同情でも、義理でも何でもいい。  君が隣にいてくれるなら。側にいてくれるなら。僕を、捨てないでくれるのなら。僕を見ていてくれるのなら、なんて。  君を裏切る、絶対に許されない……最低なことを考えた。 「……ごめん、恵美……」  少しでも引き留めていたいから。まだ僕には君が必要だから。心の中ではとっくに変わっている呼び方も、君の前ではあの頃と同じように呼んでしまっている。 まだ君が必要だと、僕には君が必要だとまるで情に訴えるかのように。本当に卑怯だ。最低だ。 「ごめん……」  こんなに黒い僕でごめん。本当のことを言えない、ずるい僕でごめん。最低な幼馴染みでごめん。  よろよろと布団から顔を上げる。目を開けても広がるのは変わらない闇だけ。朝のように明るくはならなくて、君がいなければ僕の世界は本当に何もないのだと改めて感じた。  罪悪感で押し潰されそうになる。  こんな自分が嫌になる。もう。  ーー消えてしまいたい。 「はは、」  思わず乾いた笑いが溢れた。 「ダメ、だよなあ」  自分勝手だ。逃げてばかりだ。  ずっと、君を放してあげることなんてできなかった。君に離れていってほしくないからと、一人は嫌だからとこの五年間縛り続けていた。このままじゃダメなことくらい自分がよくわかってる。  きっと、許してもらえない。それでも。 「……終わりに……しないと」  そろそろ解放してあげるべきなんだ。  いい加減、彼女を僕から自由にしてあげないといけない。 ◆◆◆  次の日も、朝は変わりなくやって来た。  手探りで開けたカーテン。窓から吹き込む朝の風は穏やかで、少し冷たくて。寝起きの頭をハッキリさせるのに効果抜群だった。  いつもよりも一周り近く早く起きたおかげで支度はほとんど終わった。忙しい時期だからと始発の電車に乗って仕事に向かった母さんがいたら、きっと不思議がられただろう。普段の起床時間が近付いてきた頃、昨夜揃えた荷物を持ち玄関を出た。  外に出た途端ふわりと色々な感覚が襲ってくる。目が見えないおかげで敏感になった耳や鼻が拾うのは日常の音。一人で立つ世界はやはり物足りなかった。  柵に手を付きぼんやりとしていた時、隣の家から待っていた音が聞こえてきた。 「行ってきまーす」  近いけれど少し遠い声。玄関から家の中を振り返っているんだろうな。小学生の頃、学校へ行こうと僕が迎えに行く時彼女はよくそうしていたから。何だか昔に戻ったみたいで懐かしい。 「え、うさくん?」  君の驚いたような声。  同時に駆け寄ってくる足音。 「どうしてここに……」  もしかして何か予定あった? と慌てる恵美に僕はううんと首を振った。 「ないよ。大丈夫」 「本当に?」 「うん」  びっくりしたと笑う彼女。また、世界が明るくなっていく。やっぱり僕には君が必要なんだなあって痛いくらいに感じた。だから。 「あ、エレベーター来たようさく……」 「恵美」  いつもとは違う、初めての呼び捨て。えっと君の戸惑ったような声。 「うさくん? どうし……」 「いつもありがとう」  突然の言葉に息を飲む気配。うさくんと僕を呼ぼうとした君に被さるように、エレベーターの閉まる音が僕らの立つ通路に響いた。 「ずっと。ずっと側にいてくれて。この五年間僕を支えてくれて本当にありがとう」  ゆっくりと微笑む。  君がくれる世界は明るかった。その分、何もない世界が嫌だった。いつまでも君が見せてくれる世界にいたかった。 「でももう大丈夫」 「それ、は……どういう……」  君の声は揺れていた。驚きか、怒りか、はたまた別の理由からか。それを知る権利は僕にはない。 「もう僕を気にしなくていいよ」  君の瞳に僕が、少しでも良い幼馴染みとして映るように。最後に足掻いてしまうのは許してほしい。 「ずっと縛っててごめん。でも、恵美の世界に僕はいらない。これ以上足は引っ張らないよ」  ちゃんと、諦めるから。  こんな黒い想いは、ちゃんと捨てるから。 「僕のことじゃなくて、恵美は恵美自身のことを考えて生きて?」  友達だっているだろうに。遊びにも行かず、僕に付き合ってくれていた。ただの自惚れかもしれないけど、恵美は自分や他のことより僕を優先してくれていた。  だから。 「僕のことはもう置いていっていいよ」  優しい君が心置きなく君だけの人生を進めるように。僕から言うんだ。  ずっと怖くて言えなかったから。  今日こそちゃんと言うんだ。  僕なんて、置いていっていいよって。いつまでも君を縛り付けているだけの、足手まといな幼馴染みなんて…… 「うさくんっ!」  声が響く。  気が付けば、身体が温かい何かに包み込まれていて。 「嫌だ」  それが恵美の腕だとわかるのにしばらくかかった。 「いらないなんて、どうしてそんなこと言うの……?」  いつもよりも近い君の声。 「私の世界にうさくんがいらないなんて、誰が言ったの? 私は好きでうさくんと一緒にいる。なのにどうしてうさくんはっ」  恵美の指先が僕の指に触れる。彼女の手は冷えきっていて。 「それとも、私はもう……うさくんには要らない?」 「っ、ちが、」 「それならっ……!」  離さないで。  僕の背中にまわされた手に力が込もる。 「嫌だよ。うさくんをまた、失いたくない」  ぎゅっと僕にしがみつくようにして恵美は言葉を振り絞っていた。 「あの日、すごく怖かった。うさくんは私を助けてくれたのに、目の前で倒れているうさくんを私は助けることができなくて、何もできなくて。このまま死んじゃうのかって怖かった。うさくんがいなくなるのが怖かった。うさくんは私の特別だから」  特別。その言葉に襲ってくる二つの想い。 「僕は……」  嬉しい。でも苦しい。  君にそう思ってもらえる資格なんてない。君が思うような、黒くない僕じゃないから。 「僕は、違う。僕は……黒くて……」  黒い。目が見えないことを理由にして、君を縛ってる。君が隣にいてくれるように。君の自由を奪って。自分勝手でずるくて、最低で最悪で。黒いんだよ。  全てを言葉にすることはできなくて顔を逸らす。僕は。 「黒くてもいいよ」  思いがけない言葉に僕は息を飲んだ。えっと顔を元の位置に戻すのと同時に、肩に感じた温かい重さ。 「うさくんの目が見えなくなって、私のせいだって思った。うさくんの人生を奪ってしまった。うさくんにとって悲しいことなのに。なのに、私は……」  怯え。緊張。不安。色々な感情が混ざった君の声が震える。 「ねえ、うさくん」  僅かに力を緩めて。恵美が顔を上げる。 「黒いのは、私も同じなの」  だから。 「離れたくない。置いてなんて行かないよ。一緒にいたい」  真っ直ぐな君の声。いつも僕を支えてくれていた、導いてくれていた恵美の声。 「好きだから。これからも……うさくんの、隣にいたい」 「……恵美……」  鼻の奥にツンと痛みが走る。君の名前を紡いだ僕の声は、情けないほど震えていた。 「僕で……僕なんかで、本当にいいの?」  何やりも誰よりも大切な君の手。ずっと離せなかった手。このままじゃダメだと一度は解こうとした手。今振り払ってもらえなければ、きっともう二度と放してやれない。それでもいいの? 「何言ってるの、うさくん」  そっと頬を包み込むように、君の指が触れた。 「うさくんだからいいんだよ!」  その言葉をきっかけに僕の瞳から何かが溢れて落ちていった。五年前のあの日から。一度も出ることのなかったそれは記憶よりも温かくて。全部全部君のおかげで。  世界は明るかった。広がっていく光。その中心で、君の笑顔が咲くのが見えた気がした。 「っ……ありがとう」  頬に触れたままの君の手に自分の指を絡めて。僕はぎゅっと握り返した。 ◆◆◆  僕の居場所はどこでしょうか  そんなものはないと諦めていました  手に入れる資格も望む資格も  僕にはないと思っていました  でも  君が認めてくれたから  君が受け入れてくれたから  こんなに黒い感情もずるい言葉も全部  君が笑って包み込んでくれたから  僕は自分の居場所を信じられました  今なら胸を張って言えます  失いたくない大切な  僕の帰る場所は君の隣です  誰よりも何よりも  世界で一番大好きな君の隣です  だからーー  これからも君の隣にいさせてください
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