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3話 本読みのニコラス
「ご友人を……?」
ニコラスは呆けて聞き返した。彼女はそれに苛々したようで、ぐっと腕を組む。頼みごとをしている側とは思えない、高慢な仕草がよく似合っていた。
「ここに来たら力になってもらえると聞いた。最も優れた魔法の使い手とされた男に」
その言葉に、表情に出さないまでも多少動揺する。
「……どこでそれを」
思わず問えば、彼女はあっさりと返す。
「随分と有名人らしいな」
「……今はしがない古書店の店長ですよ」
ここは間違っても便利屋ではない。その証拠に店の看板には「古書店 andante」とある。
一枚一枚綴じられた本はかなりの高級品の上、最近は活版印刷が発達してきたことから、古書店というものは実に人気がない。andanteも例外ではなく、二日に一度客が来れば儲けものと言うほどの酷さである。
といってもニコラス本人は自分の珠玉の書を売りたくはないので、これでいいのだなどと嘯いていた。
「お前の立場は今はどうでもいい」
彼女は一歩も引く気がなさそうだった。その儚げなのに傲岸不遜な表情に気圧される。
「わ、分かりましたよ……。一応、話だけなら」
結局そう言ったニコラスに少女はフン、と鼻を鳴らした。
ニコラスは自分のことを、特段取り柄のない人間だと思っている。しかし常より世間の評価と自己評価は一致しないものだ。
かつてあらゆる魔法を習得し、さらには詠唱なしの発動まで成し得るほどの熟練度を誇った特級の魔法使いにして、最上の攻略者。数ある魔道具の中でも初歩的なものにあたる魔導書を使いながら、その技術はどんな高位の道具を使う者よりも勝っていた。
昔人が彼に何故魔導書を使うのかと尋ねたことがあった。
魔導書とは魔法の術式を埋め込んだ紙を綴じたものだ。一見してはただの本のようにも見える文章が書かれているが、魔法使いが使用することによりその真価を発揮する。魔法を暗唱できる者ならば、杖を使った方が威力は出るとされる。
ニコラスはその時、「本が好きだから、それ以外にありますか?」と答え、人々を呆れさせた。彼はとびきりの書痴であった。
そのため彼の呼び名は「敬明の魔法使い」やら「緑の目の怪物」という大層なものから、「本読みのニコラス」というそのまんまなものまで多種多様だった。
一線を退いてからはその行方を知る者は数少なかった。まさか彼が、首都シュノヴァで古書店を営んでいるなどとは、夢にも思わないだろう。
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