真夜中の語りはじめ

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真夜中の語りはじめ

    ○  うーーん、そうだな、君が来てくれたことで僕がとても嬉しい……ともすれば人生の一切が報われたような気持ちになっているのは確かなんだ。こんなのは一時の感傷に過ぎないんだが、これがなかなか厄介で、一時ってのはその時に関しちゃすべてって意味だからな。特にこういう場合、それも人間が二人きりでいる場合ってのは、自分でも驚くくらい愚かになって、相手が誰であれ途轍もなく親身な……腹の内をあらかた曝け出したくなってしまう、素直というよりはいっそ露悪的な欲求で一杯になっても不思議は全然ないんだ。  話すよ。ああ、話させてくれ。僕がこの夏に体験した奇々怪々な出来事の一部始終をね。これには君が知ってることも多分に含まれてると思うが……いや、はじめから君がまったく遠い土地から来た見知らぬ人物であるというていで話させて欲しいな。でないと、いちいち君が知ってる事柄を考慮しながら、話を前後させたり飛ばしたりと気を遣わないといけないだろう? そいつは上手くないよ。なにしろ馬鹿みたいに複雑だから……。うん。この話には君も登場して重要な役割を担うけれど、僕は君を君とは()わないし、他の連中と同様の扱い方をするから、その点は承知しておいてもらいたい。時系列に沿って、その時々に感じたことを、その時々に感じたように話していくよ。  大丈夫。最後まで聞けば君が知りたいと思ってることの数々は把握できるだろうし、それにまったく予想外の内容も多いだろう……退屈はさせないはずだ。我ながら奇想天外だとすら思うね。ただ、この話から得られる昂奮だとか教訓だとかが仮にあったとして、それらが情けないくらい無意味で虚無的だってのは好みの別れどころだ。これほどナンセンス式のストーリーはあまりないからな。まぁ君なら心配無用か。虚無的な気分の奴は虚無的な話によって逆説的に満たされたり心地良くなったりするから――新手のヒーリング法かもしれないぜ、これは。大体、意味があるってことにも意味なんかないんだし。
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