ておくれ。

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 ***  まずい。非常に、まずい。  女子大生の私は大学のパソコン室で、一人頭を抱えていた。卒業論文の締切までもう一カ月くらいしかないというのに、ほとんど執筆が進んでいないのである。  テーマは一応決めた。大学でオカルト研究会に入っていたこともあって、今は失われた地方の因習、もしくは外国の恐ろしい儀式について調査して論文にまとめようと考えたのだ。卒業論文とはいえ、やはり自分が好きなことで書いた方が気楽にやれるに決まっている。教授にもうテーマは提出したし、あとは資料を集めて書くだけであったはずだ。  はず、なのだが。 ――おのれ感染症!実家のばーちゃん家が唯一の頼みの綱だったのに!  こういうものを、ネットで調べた情報だけで書くわけにはいかない。ゆえに、田舎に住んでいる母方の祖父母の家に行き、地元の古い習慣やしきたりについて教えて貰おうと思っていたのである。他にも、親戚には過疎化が進んでいる山間の小さな村に住んでいる人が少なくない(母の代から田舎を出て東京に移り住んで来たのだ。ゆえに私は生粋の東京都民である)。  そういう場所ならきっと、面白い話の一つや二つくらい落ちているとばかり考えていた。だから実際に取材に行って、それらの話をぱぱっとまとめて卒業論文にしてやろうと考えていたのである。ところが。 ――帰ってくるなと言われても!ばーちゃん達、パソコンもスマホもないじゃん。でもって電話は大体、伯母さんが独占してるんじゃん!どうやってインタビューしろと!?  某感染症のせいで、祖父母の実家はもちろんのこと、親戚の家も総じて“怖いから帰ってこないで”と言われてしまって今に至るのである。確かに、東京はまだまだ感染が広がっている。その間の新幹線で拾ってしまわないとも言い切れない。マスクや感染症対策をしていても心配だ、と彼等が言うのもわからないではないのだ。  ただ。スマホやパソコンでやり取りできる相手ならいざ知れず、田舎の祖父母や親戚の多くはガラケーさえ持っていない始末である。こえでは到底、オンラインでのインタビューなどできるはずもない。メールでさえやり取りができない。そして、一つしかない電話を自分一人で延々と独占するわけにもいかないわけで。  そうなるともう、ほぼ彼等から話を聞くのが不可能になってしまうのである。手紙じゃいつ返ってくるかもわからない。アテにしていた分、私の落胆は激しかった。今更教授にテーマを変えますと言うわけにもいかない。田舎住みの親戚がいれば、こんな卒業論文ごとき埋めるのもあっという間だとばかり思っていたというのに――! ――どうしよ。
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