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都会から遠く離れた片田舎、港町。
商店街は昼間でもシャッター街と化し、そこらを歩くのは車を持っていない老人か学生たちだ。
移動の手段のほとんどが車、もしくはバスで、かろうじて通っていた私鉄は数年前に廃線となっていた。
数十年前に全盛期だった港町も、不漁が続けば廃れる一方。
かつては海外の漁船が停泊し外国人で賑わっていた町は見る影もない。
廃駅もまた、人の流れの一切を止めてしまった。
人々の移動に欠かせなかった私鉄に未練を残す、かつての利用者は数年経った今でも多くいるという。
廃駅になる前まで、売店で人の流れを長年見守った老婆もまた、その1人だった。
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廃駅となってすぐに怪談話が出回ったのは、娯楽のない田舎町には当たり前のことだったのだろう。
面白がって廃駅に肝試しに向かうのは学生しかいないのだから、出どころは学生に違いない。
大人は相手にしなかったが、学生達は大いに盛り上がった。
百発百中だと、そのうちに隣町からも若者が肝試しにやってくるようになった。
肝試しといっても、田舎町の駅は小さい。
コンビニのほうが広いくらいだ。
改札口、切符売り場、数席の待合席。そして、こじんまりとした売店。
なぜ売店が備えられたかといえば、田舎ゆえの理由だ。コンビニが近くにない。
電車のお供に飲み物、弁当、新聞、ちょっとしたお菓子。
また、電車の利用がなくても売店で買い物をしていく客もいた。
そんなわけで、廃線になるまではこの売店はかなり重宝されていたのだ。
さて、では何を肝試しするのかというと。
商品棚に囲まれた売店の、商品の受け取り口。または、カウンター内に向けて。
「これ下さい」と声をかけると、しゃがれた声で「はぁい」と返事がある。
小銭を手に乗せカウンターに差し出すと、白い手が出てきて掴まれる。
何もせずに去ろうとすると、「ありがとうございました」と言われる。共に、猫の鳴き声。
何かをしても、何もしなくても、心霊現象を体験できるというのだ。
噂が噂を呼び、一時期は近隣の町で大ブームにもなった。
小さな廃駅でバッティングする若者達の騒音に、壊される駅構内。割られる窓ガラス。
治安維持のため、また怪我人を出さないためにと、廃駅は早急に封鎖された。
そうして、一過性のブームはあっという間に過ぎ去っていった。
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「すっかり、静かになったねぇ」
隣で「なぁん」と鳴く老猫の、毛並みの悪い骨の浮いた背を撫でてやる。
ゴツゴツとした手触りから感じるのは、老猫のほんのりとした低い体温だ。
「あれだけ荒らされてちゃ、仕方ない」
また、「なぁん」と。
老猫は律義に返してくる。
廃駅は出入り口も窓も、穴という穴を板張りされ侵入不可となっていた。
駅周辺に住んでいる住民はやっと騒音に悩まされず、治安の悪さに怯えることなく夜を迎えられるようになった。
「寂しいねぇ。廃線になってもせっかく残っていたのに」
「なぁん」
「お前も、寂しいかい」
「なぁん」
老猫はごろごろと喉を鳴らし、私の手におでこを押し付けてきた。
「甘えん坊だね。お前はいつまでも甘えん坊だ」
「なぁん」
催促されるままに、老猫の頭を撫でてやった。
わずかにしかついてない頭の肉はすっかりと落ち、骨の形に尖っている。
老猫は気持ちよさそうに目を細めた。
「私はこれしかしてやれないよ」
「なぁん」
「せめて、安らかにお眠り」
「……なぁん」
ごろごろ、ごろごろ。
いつのまにか横向きに寝転がった老猫の全身を、まんべんなく撫でてやる。
痩けた頰から頭へ、浮き出た肩の骨、あばら骨、腰骨へ。
骨のない柔らかなはずのお腹は脂肪が落ち、ぺったりとしていた。
「最後に一仕事するかい?」
「なぁん」
老猫はうっすらと目を開けた。
「塞がれてしまったから、騒がしいお客はいないけどね」
老猫の白く濁った瞳は、それでも構わないとばかりに私のことを見た。
すっかりと見えなくなっているはずのその瞳は、私を通してかつての駅の賑わいを思い浮かべているのだろう。
「いらっしゃいませ」
「なぁん」
先ほどまでとは違う、張りのある声で返ってきた。
現役の時のように、私と一緒になって「いらっしゃい」とお客に声をかけている様子を思い出した。
「ありがとうございました」
「なぁん」
老猫はいつも、最初と最後の挨拶だけ一緒にしていた。
金銭と商品のやり取りには目もくれない。
お客が来た時と、帰る時。愛想よく鳴いていたのはその時だけだった。
「いらっしゃいませ」
「なぁん」
「ありがとうございました」
「なぁん」
「いらっしゃいませ」
「なぁん」
「ありがとうございました」
「なぁん」
幾度となく繰り返し、横たわった体をゆっくりと優しく撫でてやる。
安心して脱力した四肢。
被毛ごしに伝わる体温はだんだんと、だんだんと冷たくなっていく。
トクトク……トク……トク……
手のひらを通して感じる鼓動は緩やかに、その動きを止めていく。
「いらっしゃいませ」
「なぁ……ん」
「ありがとうございました」
「……なぁ…………」
「いらっしゃいませ」
「…………」
「……ゆっくり、おやすみ」
半開きのまぶたを下ろしてやると、老猫はただ眠ってるかのようだった。
ぽっちゃりとふくよかだった体はガリガリに痩せ細っている。
艶のあった被毛はフケと脂にまみれ、ベタついていた。
見るも無惨な愛猫の死。
それでいて愛しく思えるのは、この死を愛猫自らが選んだことだから。
「死んだ私を探してこの売店に居座るんだから、まったく世話の焼ける子だよ……」
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惜しまれつつも駅の取り壊しが決まり、その作業中のことだった。
売店内で、被毛を被った小動物の骨が見つかった。
イタチかタヌキでも紛れ込んだか、と話は片づきそうだったが、売店を利用したことのある年配の作業員が老猫だと気がついた。
老猫の骨は善意で弔われ、かつて駅を利用していた町民に募った生前の写真が墓前に飾られた。
売店のカウンターに座る、ぽっちゃりとふくよかで、なんだか仏頂面な猫。
その隣には、売店のエプロンをかけた、ちょっとだけ若い老婆が穏やかに微笑んでいた。
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