魔法屋黒猫堂

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小さいころ、テレビで観た魔法少女はキラキラしていて私の憧れだった。 魔法のコンパクトでひみつの呪文を唱えてフリルがたっぷりついたワンピースを身にまとってハートの飾りがついた魔法のステッキで魔獣を倒していく魔法少女は、可愛いだけじゃなくてかっこよくて大切な人たちを守っていく彼女たちはとても輝いていた。 男の子たちが戦隊モノのヒーローをかっこいいって目を輝かせていうように女の子たちにとっての魔法少女は女の子の憧れをギュッと詰め込んだ究極のヒーローのような存在だった。 私も魔法少女に憧れていた少女のひとりだった。 毎週日曜日、苦手な早起きをしてテレビの前にスタンバイしている時間が一番好きだった。 私も人を助ける魔法少女になりたいな、なんて夢見ていた。 そんな私は今は子持ちの32歳の専業主婦。 そんな憧れは遠くに置いてきて毎日毎日洗濯物を干したり掃除機をかけたりなどの家事をこなしている。 よくいえば平和だが、悪くいえば単調で退屈な日々。 朝は娘と夫のお弁当を作って朝ごはんを作って娘と夫を起こして朝ごはんを一緒に食べて夫を送り届けて娘を幼稚園まで送って。 それからは、キッチンリセットして掃除機をかけたりワイパーがけをしたり部屋の片付けをしたり晴れていたら洗濯物を干したりといったどこにでもいる主婦の日常。 娘の部屋の片付けをしていたら魔法少女☆プリキララのハンカチが落ちていた。 まったく、ハンカチを洗濯物に出すの忘れてまあ。 呆れながら魔法少女☆プリキララがプリントされたハンカチを拾っていたら、かつて同じように魔法少女に熱心だった幼い少女時代を思い出した。 私も魔法少女のように華やかで誰かの役に立てる人になりたかったな。 そうぼやきながら、ハンカチを洗濯かごに入れた。 スーパーまで買い出しに行く途中、真っ黒で可愛らしい黒猫が私の前にあらわれた。 猫が好きだから買い出しそっちのけでしばらく黒猫と向き合っていた。 すると、黒猫は突然路地裏に向かって歩き出した。 ニャアって鳴いて後ろを振り返りながらトコトコ歩いていく。 私は、そんな黒猫に黙ってついていく。 黒猫はピタッと立ち止まり、そこは右から魔法屋黒猫堂と読めるお店の前にたどり着いた。 木造りの重いドアを開けると、赤いランタンがいくつも吊り下げられた中華風でありながらカボチャの馬車やサーベルが置かれていたりして童話風とも西洋風ともとれる不思議な雰囲気のお店だった。 商品は、マンドラゴラの模様が描かれた紙袋があったりとか名前がいちいち面白くて「マンドラゴラの根っこ」だとか「人魚の涙」だとかどれも魔法屋の商品にふさわしい代物だ。 ほかにも赤い魔導書とか魔法鍋とか魔法のほうきとかいろいろ売っているけど、とりわけ目を引いたのは年代物のコンパクトだった。 『お嬢さん、お目が高い』 突然真っ黒なローブに身を包んだおばあさんから声をかけられた。びっくりした、このお店の店主だろうか。 『お嬢さんって。私、そんな年じゃありませんよ~』 跳ね上がる心臓を抑えながら、なるべく平静を装いにこやかに対応した。 すると、おばあさんは『わたしゃからみたら、十分お嬢さんじゃよ』とヒヒヒと笑った。なんだか魔女みたいな人だなぁ。 『それでじゃが、そのコンパクトは魔法のコンパクトじゃが、どうじゃ?』 おばあさんにそう問われたが、年代物は高そうだと思い渋っていると 『お目が高いお嬢さんなら、300円で譲るが?』と悪い顔をしたおばあさんから持ちかけられる。 『まあ、300円なら』 そういいながら財布から300円を出す。 『300円ちょうどじゃな。大切にするんじゃよ』 そういわれて私はお店を出ていった。 帰ってきてからもしばらく魔法のコンパクトをながめていた。 年代物のコンパクトで私が憧れていた魔法少女が持っていたコンパクトとはなんだか違うなぁ。 でも、せっかく魔法のコンパクトを手に入れたのだし魔法の呪文でも唱えてみようかな。 『マジカルリリカル魔法少女になあ~れ!』 なーんて、魔法少女になるわけ… ふざけていたら、突然まわりが白くてラメがキラキラ輝くお化粧で使うパウダーのような空間に飛ばされて服が脱ぎ剥がされてピンクのフリフリワンピースに赤くて大きなリボン、ツインテール、さらにコンパクトがハートの飾りがついたステッキに変わり、『もぎたてピーチの優しい香り!プリティピーチ!』といった知らない変身口上を述べて自分が自分じゃないみたい。 よく見たら肌も綺麗でモチモチな十代の肌に若返っていて、もしかして魔法少女になってしまったの? 頭が混乱する。 今は念願の魔法少女になれたことを喜ぶよりもただただ困惑が勝る。 それに、もうすぐ娘を幼稚園まで迎えに行く時間だ。 こんな格好をしている場合じゃない。 『その必要はないミル』 魔法少女モノにありがちなピンクのうさぎの妖精があらわれた。 『ひゃあ!?』 思わず驚くと、妖精は呆れながら『わたしは、あなたの娘ちゃんのぬいぐるみよ。普段はぬいぐるみだけど、そのコンパクトの魔力でこうしてあなたとお話ができるの』と説明してくれた。正直すごく助かる。 『あら!さっそく怪物の気配を感じ取ったわ』 そういいながら、ミルは耳をパタパタさせている。 『さあ行くわよ!』 張り切るミルに手を引っ張られ、窓を飛び出して空を飛んだ。 ああ、こんなに14歳の身体は身軽なんだ。そのまま空を飛んでしまいそうだ。 『ちょっと!ボーとしてる場合じゃないわよ』 ミルに怒られて暴れている怪物のもとに飛びながら向かう。 怪物は、街に捨てられたゴミが怪物化したからか悪臭がひどい。 街の人たちも顔をしかめている。 ゴミの怪物の上に悪役と思われる長身細身の赤髪の男が立っていた。 ゴミの上に乗っているけど、臭いが気にならないのだろうか。 そんな今どうでもよさそうなことを考えていたら、男が『そこの人間!何ボーとしている!』と怒鳴ってきた。うるさいなぁ。 『えっと、ごめんね?』 思わず謝ってしまったが、納得はいまいちできない。 それよりも、この悪臭をなんとかしたい。 『あの、そのゴミ?捨てていい?』 そうしたら、悪役の男が『何をいうか!』と凄い剣幕で睨んできた。 『こいつらは!ゴミとして扱われているが!お前らは、こいつらの気持ちを考えたことがあるかぁ?!こいつらが捨てられたくない気持ちを!お前らは分かるかぁ!?』 えっと、ゴミの気持ちとかいわれても。 『分からない』 男はさらに怒り、『そうかそうか!じゃあ、分からせるまで殺り合うしかないな!!』 そう叫びながら、男はゴミの怪物に指示を出してゴミの怪物がゴミを投げてきた。 『わわ!?ど、どうしたら…』 慌てながらも体は勝手に動く。 アクロバティックにジャンプしたり怪物にキックをしたりパンチをしたり。 これじゃあ、まるで魔法少女☆プリキララだ。 パンチしてもキックしても怪物の攻撃は止まらない。 いったい、どうしたら。 そう悩んでいたら、いきなりコンパクトが七色に光りだした。 これは、まさか。 王道の魔法を匂わす予感に胸をときめかせながら、コンパクトを開く。 『きらめく七色の薔薇よ!怪物たちをあるべき場所に戻し給え』 知らない呪文を唱えながら、コンパクトから七色の光に包まれた巨大な薔薇がゴミの怪物を浄化する。 『助けてくれてありがとう。僕たちは、ゴミになる前は誰かに大切にされていた。その記憶だけで十分だよ、今まで大切に使ってくれてありがとう』 ゴミの怪物はそういいながら、あるべき場所であるゴミ箱やゴミステーションに戻っていった。 『これで一件落着…かな?』 ミルがひょこっと耳を出しながら、『はじめてにしてはよくできたわね。これからも怪物退治頑張るのよ』と激励してくれた。 仕方ないから魔法少女として頑張りますか。 それからも怪物と戦う日々を送っている。 家族は今ごろどうしているだろう、ちゃんとご飯食べているかな。 ふと思い出しては心配をするけど、その家族からは一切連絡がこない。 なんだかおかしいな。 普通妻が何日も帰ってこなかったら心配して電話とかかけてくるはずなのに、電話の一通もない。 スマホを電話帳までスワイプして夫のスマホにかける。 プルルルと長い着信音が鳴り響く。 夫はなかなか出ない。 あとで折り返そうと思って切ろうとしたら、夫が困惑した声色で『もしもし、どちら様ですか』と聞いてきた。 『なにいってるの、私よ私』 そういっても夫の困惑した声色は変わらず、『すみません、本当にどちら様ですか』と聞いてきたのだ。 どういうこと? なんで、私のことを忘れているの。 戸惑っていたら電話がプツッと切れる音が耳に残った。 『ねえ、ミル、これはどういうことなの?!』 ミルに問い詰めたら、ミルは申し訳なさそうに耳を垂らしている。 『ごめんなさい、だますつもりはなかったの。あなたが魔法少女になる代わりにあなたに関わった人たちの記憶が消されることを話すのがつらくて黙っていて本当にごめんなさい』 見てるこちらが申し訳なくなるくらいミルは反省している。 『ミルもだまそうと思って黙ってたわけじゃないみたいだし、しかたないから許す』 そういうと、ミルは涙目になりながらありがとうといっていた。 今日も今日とて魔獣退治。 魔法少女の日常は華やかなようで案外地味な作業の繰り返しで主婦時代とは変わらない。 ただ、体は14歳だから身軽だし肌もきれいで何よりもこんなフリフリひらひらが着れるのだから魔法少女もなかなかどうして悪くない。 まあ、家族に忘れられているのは悲しいけれど。 『なに、またボーとしてるの!』 またミルに怒られた。 『ごめんごめん』 魔獣に襲われている人たちを避難させなきゃ。 いつものように避難ルートを考えていたが、魔獣に襲われている人たちをみて凍りついた。 魔獣に襲われているのは、なんと夫と娘だった。 娘は泣いている。夫はそんな娘を守ろうとしている。 『仲の良い親子ムカツク!サアクラエ!』 真っ赤なドレスにとんがり帽子をかぶった老いた魔女が杖からなにか出そうとした瞬間。 『あぶない!!』  気付けば、夫と娘をかばっていた。 せっかくの14歳の体は傷だらけ、フリフリひらひらした服も破れてしまった。 それでも愛する家族を守れた。 本当に、よかった。 あれ?力が抜けて立ち上がれない。 『君、大丈夫?』 夫は手を差し伸べた。 『うん、大丈夫』 精一杯の笑顔を浮かべたつもりだが、ちゃんと笑えているだろうか。 『…美代子?』 『え?』 思わず間抜けな声を出してしまった。 夫は泣きながら抱き締めてきた。 娘は私たちをみて『パパはママのこと心配してたんだからね~』とニヤつきながらいう。 その瞬間魔法が解けて私は32歳の主婦に戻っていた。 家に帰って洗濯物を畳みながらぬいぐるみに戻ってしまったミルをそっと撫でながら話しかける。 『ねえ、ミル。私、わかったの。本当に大切なのは日常だって』 あたりまえに過ごしているうちは退屈だと思っていたけど、失ってはじめてかけがえのないものだって気付いたの。 私は魔法少女になれなくても大切な人を守るという意味では案外魔法少女と変わらないかもしれない。 洗濯物を畳み終えてふと窓を見上げたら、きれいな青空がひろがっていた。
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