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コバルトブルーと白い雲 2
ガッコはまあまあ面白いと思ってる。カレシとかそういうのとは縁がないあたしも楽しくやれてる。知衣は可愛いからたまに男子に告白されるけど、実は性格けっこーきつめだから、本性知った男子はビビって逃げてく。
りっきーは浮いた話はないし、と本人は言うけどホントは判んない。もしかしたらあるかもだけど、りっきーのとこは家の事情も複雑だから、あたしも知衣もあんまり突っ込んで聞かないようにしてる。
りっきーだと真っ赤かなぁ。あたしは授業をうけながらちらっとりっきーを見た。あくびしたりっきーの指先を頭の中で赤くしてみる。うん、似合うかも。
「橋本、よそ見しない。次、読んで」
げっ。見つかった。あたしは渋々、立ち上がってタブレットを持ち上げた。
午前の授業が終わって、あたしたちはいつものように校庭脇のベンチで弁当を食べることにした。りっきーはいつものりっきー手作り弁当、あたしのはママのお手製弁当、知衣はやっぱりサンドイッチだ。
「知衣、いっこトレード」
「えー、タマゴサンドは駄目だよー」
りっきーがでっかい唐揚げを知衣の弁当箱の蓋に乗せる。唐揚げをつまんでいた箸でりっきーがさっと取り上げたのはハムサンドだった。
「あー! ハムサンドー!」
「卵じゃないんだから文句言うな」
もうもぐもぐと食べながらりっきーが笑う。いつもの調子でやり取りする2人を見て、あたしもつられて笑う。いつもこんな感じでみんなと喋りながらご飯を食べる。
「あれ? ルイ子? 左手の爪、1個なくない?」
「は!?」
知衣が言ったことに慌てて、あたしは弁当箱を膝に置いて左手を見た。
「ぎゃあああ!!! 空の模様のがないー!」
左手の中指につけてたネイルチップがいつの間にかはがれていた。ウソでしょー! あれ、超お気に入りだったのに! ないわ!
「ちょ、落ち着けって。まず、飯食ってから探そう。来た道戻ればあるかも知れないし」
こんな時、冷静でいてくれるのがりっきーなんだよね。焦って立ち上がろうとしていたあたしは、言われたままに大人しく腰掛けて残りの弁当をかきこんだ。
しまったなぁ。こんなことならテープじゃなくて接着剤のグルーで着けるんだった……。でもグルーで着けちゃうと、外れにくいかわりに一回こっきりしか使えなくなっちゃう。
あたしは急いで教室までの道を戻りながら、空を描いたネイルチップを探した。りっきーと知衣も協力してくれた。りっきーなんか穴に落ちたかも、とか言って、排水口の網までひっくり返して、先生にめっちゃ怒られてたけど平然としてた。
そこまでしてもらってもあたしのネイルチップは見つからなかった。どうしよう……。Keiさんにもう一度、同じの作ってもらおうかな。でもあれはあれで愛着があったし、同じ物は二度と作れないとKeiさんからも言われてる。
落ち込んだまま放課後になった。ずーん、と落ち込んでるからか、今日は知衣もからかってこない。マジ顔で心配してくれたりなんかして。りっきーはバイトあるから、と名残惜しそうにして先に帰ったけど、明日また探すから、と約束してくれた。
「どーする? 朝、走ってきたとこまで探してみよっか?」
「うん、とりあえず探すよ。でも、1人で大丈夫」
「なにゆってんの! 困った時はお互いさまって、前にも言ったでしょー!?」
ちょっと高めの声で知衣が反論する。こういうところは知衣は絶対に譲らない。強情とも少し違う。自分のしたいこと、相手のしたいこと、それぞれを比べて中間をとっているのだ、と前に言っていた。あたしにはちょっと意味が判らないけど、りっきーは判ったらしい。
つまり知衣は常に落し所を探している、らしい。おとしごろ? って訊き返したあたしを笑わないでほしい。だっておとしどころって言われても判んないってば。
結局、下駄箱のとこまで2人で探しまくった。白い廊下だから真っ青なネイルチップは目立つはずだ。そう言って知衣はわざわざ先生のとこまで言って、掃除当番をしてた子まで探し当ててくれた。……すごいよ、知衣。行動力パネエ。
掃除の時に見かけなかったか、と訊いてみたけど、その子達も見なかったと言ってた。そりゃそーだわ。だってあたし、ガッコに来たあと、知衣とりっきーに見せたんだもん。外れたとしたらその後。
もしかしてトイレで服に引っかけたかなあ。とか言って、トイレまで探したけど、ネイルチップは出てこなかった。
「ルイ子、ごめんね。見つかんなくって……」
「いいよいいよ。知衣のせいじゃないじゃん。あたしがうっかりしただけだし」
下駄箱の前で泣きそうな知衣をあたしが逆に慰めた。その時にはもう、あたしはあのネイルチップのことを諦めていた。だって仕方ないじゃん。なくなったものは。今度のはあたしが全部わるい。
そう言ってあたしは下駄箱の蓋を開け、そこで固まった。
何故か、靴の上に白い封筒が置いてある。
「らぶれたー!?」
さっきまで落ち込んでた知衣がウキウキした顔で飛んでくる。勘の良いやつ。あたしは呆れるやら恥ずかしいやらで、どんな顔していいか判んなかった。
「わかんない。宛名もないし名前もない」
「えー。イタズラかなぁー」
「どうだろ……」
あたしは初めてのことでびっくりして、すぐに封筒は引っ張り出せなかった。すると横から手を伸ばした知衣が、えいっ、と声をかけて封筒をとりあげる。
「ちょっ、知衣!」
「ん? へんな厚みがあるよー?」
両手で大事そうに封筒をつかんだ知衣が首を傾げる。あたしは眉間にしわを寄せて封筒を受け取った。厚みがある、と言われたところを持った瞬間、あたしは慌てて鞄を投げ捨て、急いで封筒を開いた。
中には探し続けていた空のネイルチップが入っていた。
「うそー! どんなミラクル!?」
「わ、わかんないけど……誰かが探してくれたのかな。でも、このネイルチップ、特注だから誰も知らないはず……」
嬉しさ半分、怖さ半分であたしは呟くように返事した。でも1人で盛り上がってる知衣の耳にはあたしの言葉は届かなかったらしい。帰り道が一緒だから、帰りながらずっと冷やかされてしまった。
次の日になった。
ホントは別の色のネイルチップにしようと思った。でもあたしは見つかった嬉しさから、昨日と同じ空のネイルチップをチョイスして慎重につけた。昨日の一騒動は一応、Keiさんには伝えてある。
ママに早くしなさいと叱られながら、慌てて朝食を口に突っ込んで、身支度をしてから家を飛び出す。行ってきますくらい言いなさい、というママの声が後ろから飛んでくる。ごめん、ママ。帰ったら言うから。
走って駅まで行って、いつもの電車にギリギリで乗り込む。飛び込み乗車、とまではいかないけど、走り乗車にはなったかも。ごめんなさい、電車の人。
いつもみたいにつり革につかまり、あたしは癖でついつい自分の指を確かめた。コバルトブルーの空に雲が描かれたネイルチップはやっぱり綺麗だ。
前を向くと、何故か昨日と同じ顔がそこにあった。あれ? この男子、昨日ガン見してきたやつだよね? なんで今日はこっちをチラ見してんの? って、ちょっと待って、何で顔が赤いの? どーして顔にすり傷とかあんの? あれ? ひょっとして、こいつ、昨日の封筒の差出人なんじゃ……。
あたしは慌ててつり革から手を離した。
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