カーディナルレッドの夢 2

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カーディナルレッドの夢 2

 月莉は恭美のためにKeiの作品をオーダー購入している。元々、恭美の服装などを選んでいるのは月莉だ。素材は良いのに、恭美に任せるとずぼらだからかどうしようもなくなってしまうことが多いからだ。服はもちろんのこと、ネイルチップのオーダー内容を考えているのも月莉だ。  だから学校でKeiの作品を見た時、月莉はとてもびっくりしたのだ。だがKeiが完全に匿名で取引をしているため、月莉も同じ作家から購入していることは、ルイ子にはバレないだろう。  だがさすがに似たようなデザインのものをオーダーし、それを渡したらバレる。そう考えながら月莉はコンビニの手前で自転車のブレーキをかけた。 「っはよーございまーす」  自転車をコンビニ脇に停めた月莉は挨拶しながら店に入った。おはよーっす、という声が飛んでくる。月莉は大股でバックヤードに向かい、さっさと着替えてレジに入った。 「あれ? 今日は早いんだね、きら」 「名前呼んだらぶっ飛ばす」 ドスの利いた声で言ってから、月莉は何事もない顔で接客を始めた。どきっ、とか何とか口で言ったバイト仲間が、客が帰った後に笑う。 「ホント、嫌がるね。高田(たかだ)さんは」 「嫌なことはすんなって習ってねーんすか。今日はもういいっすけど、どうします?」 「じゃ、お言葉に甘えるか」  肩を竦めてそう言ったバイト仲間が足取りも軽く帰り支度を始める。多分、これからデートでもするのだろう。おつっすー、と愛想のなく言ってから、月莉は商品の前出しをしている別のバイトのところに向かった。  月莉はコンビニのバイトは気に入っていた。店内放送で流行の曲が聴けるのも悪くない。ただ、ループするから耳にこびりつくのは困るが。それにバイト仲間や店長との人間関係も悪くないから働きやすいのだ。  いつものように仕事をした月莉は次のシフトのバイト仲間に引き継ぎをして家に戻った。羽紗はこっそり出てきたが、礼夢は言われた通りに寝ているようだ。 「おかえりなさーい」 「こら、まだ寝てないじゃん。ちゃんと寝ろって」 「あっ、それ、新作スイーツでしょ!?」  寝室から覗いていた羽紗がふすまをそっと閉じて玄関に駆けてくる。やれやれ、と苦笑して月莉はデザートの入ったコンビニの袋を羽紗に差し出した。礼夢を起こさないように小声でわーい、と言った羽紗が茶を淹れ始める。 「アッサム」  羽紗に訊かれるまえに月莉はそう注文した。とは言っても、この家にある紅茶はアッサムとダージリンの2種だけだ。他は麦茶で済ませている。はーい、と返事した羽紗が2人分の紅茶を準備してくれる。  ちゃぶ台を挟んで向かい合い、月莉は羽紗とプリンやエクレアを食べた。新作だから味見して、と店長に渡されたものだ。バイト先の店長は月莉の家庭事情を知っている。だからいつも、新作が出ると家族の人数分、分けてくれるのだ。  月莉は残ったスイーツを冷蔵庫にしまってちゃぶ台に戻った。プリンをゆっくり食べていた羽紗が唸る。 「うーん。前の方が好きだったかも。これ、濃くない?」 「あー。卵の分量が変わってるとか言ってたかな。店長に言っとくよ」  羽紗の味覚は月莉より鋭く、意見を言うと店長に感謝されることも多い。月莉は一応、スマホにメモをしておいた。 「それはいいけど、お姉ちゃん。あのさ。宿題がさ」  おずおずと言った羽紗に呆れたが、意見ももらったことだし、と月莉は頷いた。 「判った判った。持ってこい」 「やった」  羽紗が持って来たのは英語の宿題だった。アタシも苦手なのに、と愚痴を零しつつ、二人がかりで宿題を片付ける。そうしているうちに恭美が帰って来た。 「うにゃー! 恭美ちゃんのお帰りだぞー!」 「出たよ……酔っ払いが」 「お姉ちゃん、先に寝ていい?」  困ったような顔をする羽紗に駄目、と言ってから、月莉は今にも騒ぎそうな恭美を家に引っ張り込み、玄関を閉めて鍵を掛けた。まだくだを巻きそうな感じだったが、恭美は玄関に引きずり込まれると倒れたまま眠ってしまった。 「ネイルだけ外して布団に投げよう」 「えー……お母さんの爪、取るの難しいんだもん」  そんなことを言いつつも、羽紗が急いで100均ケースを取りに行く。恭美の爪から一本ずつ丁寧にネイルチップを剥がし始めた。 「あのさー。お姉ちゃんはネイルとかしないの?」 「何、いきなり」  慎重にネイルチップを剥がしていた月莉は妙なことを聞いた気がして手を止めた。相変わらずネイルチップと格闘しながら羽紗が続ける。 「だって、お姉ちゃん、爪とか綺麗なのに」 「コンビニでつけ爪とか超危ねーだろ」 「じゃ、学校に行くときは?」 「めんどくさい」  そんな会話をしつつ、月莉はまた恭美のネイルチップを1枚派がしとった。十本全部の指先を綺麗にしてから、羽紗と協力して恭美を布団に寝かしつける。今日の恭美は吐くほどは飲んでいない。このところ精神面でも安定しているらしい。 「ほら、早く寝ろ」 「はーい。おやすみ、お姉ちゃん」  羽紗がふすまの向こうに消えてから、月莉はそっと息を吐いて100均ケースの蓋を閉じた。並べられているネイルチップを眺めてみる。カラフルなネイルチップの中で、1種類だけ恭美が使ったことがないものがある。  それは美しい彼岸花が描かれたネイルチップだった。どうやったらこんなに繊細に描けるのだろうか、という花が絵かがれたそれを月莉はケースから出してみた。試しに自分の爪に乗せてみる。  月莉には真っ赤な花が似合うと昔に言われたことがある。ネイルチップの赤い彼岸花を眺めて月莉は苦笑した。ルイ子のネイルチップを見て、いいなあ、と思うこともある。だが自分には似合わない、と月莉は自覚していた。  ネイルチップを片付け、居間の隅にある小さな仏壇に1人分のスイーツを供えて手を合わせる。もう少し大人になったらね、という声が聞こえたような気がして月莉はそうかもね、と小声で呟いた。
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