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第一話
「ねえ。何て言ったっけあの子。橘さん?の手首、見えた?」
昼休みの廊下。すれ違った女子生徒達が、くすくすと笑い声を上げる。
「見えた。本当に隠してあった」
「絶対切ってるじゃん。構ってアピールかよ」
うるさい。馬鹿。ほっとけ。
無意識に左手のリストバンドを摩る。位置がずれてきていたのを調整し直した。
嗚呼、怠い。
予鈴が鳴り、教室に吸い込まれる人混みに逆らって歩く。辿り着いた扉上のプレートには、『保健室』の文字が記されていた。
「先生、帰ります」
「そう。今日はお昼休みまで頑張ったわね。さようなら、また明日ね」
「はい、さようなら」
予めベッド脇に置いていた鞄。中身は机に入れたまま、あたしは学校を脱出した。
橘由乃は不登校だ。家庭環境が複雑らしい。リストカットをしていて、夜に男と遊んでいる。今年は中学三年生で受験を控えているから、先生達も頭を悩ませている。
時々登校する度にされる噂にも段々慣れてきた。ほとんど本当のことだし。一つ違うとしたら、男とは遊んでいない。だって気持ち悪いじゃん、そういうの。
帰ると言ったからといって、まさかそのままお家にバイバイする筈もなく、あたしはショッピングモールで時間を潰す。
昼を過ぎてから出歩く分には、大人はテスト期間だったんだろうとか勝手に納得するので、存外声は掛けられない。一人しかいないから、長時間同じ場所にいると怪しまれるけど。
新しく出来たアクセサリー販売のテナントを物色しては、これ可愛いとか、これ似合うかもと、いつか買う物に目星を付ける。
嗚呼、でもやっぱり、楽しくない。
急に冷めてきてしまい、商品を棚に戻して建物を後にする。
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