第一話

1/4
前へ
/76ページ
次へ

第一話

 「ねえ。何て言ったっけあの子。橘さん?の手首、見えた?」    昼休みの廊下。すれ違った女子生徒達が、くすくすと笑い声を上げる。 「見えた。本当に隠してあった」 「絶対切ってるじゃん。構ってアピールかよ」    うるさい。馬鹿。ほっとけ。  無意識に左手のリストバンドを摩る。位置がずれてきていたのを調整し直した。  嗚呼、怠い。  予鈴が鳴り、教室に吸い込まれる人混みに逆らって歩く。辿り着いた扉上のプレートには、『保健室』の文字が記されていた。 「先生、帰ります」 「そう。今日はお昼休みまで頑張ったわね。さようなら、また明日ね」 「はい、さようなら」    予めベッド脇に置いていた鞄。中身は机に入れたまま、あたしは学校を脱出した。    橘由乃(たちばなよしの)は不登校だ。家庭環境が複雑らしい。リストカットをしていて、夜に男と遊んでいる。今年は中学三年生で受験を控えているから、先生達も頭を悩ませている。  時々登校する度にされる噂にも段々慣れてきた。ほとんど本当のことだし。一つ違うとしたら、男とは遊んでいない。だって気持ち悪いじゃん、。      帰ると言ったからといって、まさかそのままお家にバイバイする筈もなく、あたしはショッピングモールで時間を潰す。     昼を過ぎてから出歩く分には、大人はテスト期間だったんだろうとか勝手に納得するので、存外声は掛けられない。一人しかいないから、長時間同じ場所にいると怪しまれるけど。  新しく出来たアクセサリー販売のテナントを物色しては、これ可愛いとか、これ似合うかもと、いつか買う物に目星を付ける。  嗚呼、でもやっぱり、楽しくない。  急に冷めてきてしまい、商品を棚に戻して建物を後にする。    
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加