過去を売る店

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 つい先週も帰郷したばかりなのに、子供の頃から慣れ親しんだはずの並木道は、レンズを一枚挟んでいるようにどこか素っ気なく感じてしまう。新調したばかりのスーツケースとはまだ仲良くなれておらず、ゴツンゴツン、と踵にぶつかり歩みの邪魔を続けている。自分以外に人影なんてないのに、それでもやっぱり恥ずかしかった。  大人になった実感がわかない。就職先が決まり、もうすぐ大学も卒業だというのに、この街で、学生服を着て、自転車を乗り回していた頃と何一つ変わっていないような気がする。こうして緩やかに生きて、やがて死んでゆくのだろうか。同意するようにカサカサと遠ざかる枯葉の音に、気持ちが、スッ、と軽くなる。  そうして、くたびれた雑居ビルの角にまで来た時だ。その向こう側でちょっと目を引く建物を見つけた。北欧の街並みを模したジオラマからそのまま持ち出してきたような小洒落た外観で、木枠の窓の内側では、柔らかい暖色の灯りが、まだ昼間なのに、暗がりを遠ざけるように輝きながら滲んでいる。私は引きつけられるようにその建物へと向かっていた。スーツケースはガタガタゴトゴト、私の歩みを邪魔することなく従順に後をついてくる。
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