8人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
代わり
「華乃だよ? 西野華乃」
俺は華乃もどきに得たいの知れない恐怖を感じた。冷や汗が頬を伝う。絞り出すように声を出した。
「違う。華乃はもう死んでるんだ」
涙が自然にこぼれ落ち、視界を滲ませる。
「まぁた、そういうー!」
華乃もどきは俺のそばまで来るとその場でしゃがみこみ、俺の鼻をつまんだ。
「生きてますよーだ」
目の前にいる華乃もどきが呟くように言った。俺は華乃もどきの手を振り払った。驚きに目を見開く華乃もどき。
「お前は華乃じゃない。葬式だって出たんだ。裁判だって傍聴した。華乃は殺されてもういないんだ……!」
華乃の黒目が揺れる。
「殺された……私が?」
俺は眉間にシワを寄せ、絞り出すように声を出す。
「お前じゃない……!
大体、華乃は眼鏡なんてしてないし、髪は長くてポニーテールにしてるんだ。ショートじゃない!」
華乃もどきが頭に手をやって、にへらと笑う。
「イメチェンしたんだよ、似合う?」
俺は物言いたげに華乃もどきを下から睨み上げた。
「……顔が全然違うだろ」
華乃もどきが無垢な顔をして、小首をかしげた。吸い込まれそうな黒い目が俺を捉えて離さない。
「私の顔は、どんなだった?」
まるで俺の心の奥底を除き見るように、まばたき1つせずこちらを見ている華乃もどきに、俺は背筋が寒くなる感じがした。
ーーこれ以上ここにいてはダメだ!
直感的に身の危険を感じた俺は、赤いスニーカーを華乃もどきに投げつけ、玄関を飛び出した。
もしも本当に奇跡が起こっていたとして、あの華乃もどきが華乃の代わりに居座っているとしたなら、俺はあの店をもう一度探さなくちゃいけない。あれは華乃じゃないから、華乃の偽物だから、この世界が歪みきってしまう前に、早くこの魔法を解かないといけない。
例えそこに華乃がいなかったとしても……。
最初のコメントを投稿しよう!