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偽物と本物
俺はそのまま心ここにあらずといった状態で、ふらふらしながら自宅に帰った。玄関に靴を脱ぎ捨て自分の部屋につくと、鞄を机に放り投げて、ベッドへと身を沈めた。
静かに目を閉じる。
記憶の中の華乃と、華乃もどき……状況証拠は、華乃もどきが華乃だと示している。
ーーそろそろ、華乃もどきが華乃だと、腹をくくった方がいいかもしれない。
そんなことをぐるぐると考えながら時は過ぎ、夕飯時になった。俺は両親と食卓に座り、夕飯を食べ始めた。あまり食欲がなく食べあぐねていると、母さんが心配そうにこちらを見ていることに気づいた。
「正也、食がすすんでないわね。……まだ華乃ちゃんと喧嘩してるの?」
母さんの問いに俺は手を止め、母さんを見つめた。言うなら今だと自分を奮い立たせ、口を開く。
「……記憶がないんだ。あいつと、華乃としてふたりで過ごした記憶が俺にはないんだ。あるのは別の女の子との記憶があるだけ。あいつが言うには、俺が三日前に事故にあって頭を強く打ったせいで記憶障害が起こってるんじゃないかって言うんだけど、事故にあった記憶も俺にはないんだ。母さん。俺は本当に三日前に事故にあったの?」
母さんは箸を置き、俺を見た。
「どういうこと?
正也、本当に事故のことも華乃ちゃんのことも覚えてないの?」
俺は静かに頷いた。
「覚えているのは、明後日の夜18時に神社の鳥居前で華乃と待ち合わせをして、目の前で犯人に華乃を殺されたときの記憶とか……葬式に出た記憶とかしかない」
母さんと父さんが緊張した面持ちで俺を見ている。口を開いたのは父さんだった。
「だから今朝、様子がおかしかったのか……。正也、華乃ちゃんはずっとあの華乃ちゃんだ。お前は事故の後遺症で、記憶が混乱しているんだよ、華乃ちゃんは殺されていない」
俺は父さんの目をじっと見つめた。
「……本当に?」
父さんも視線をそらさず、まっすぐに俺を見ている。
「ーー本当だ」
父さんはそれだけ言うと、隣に座っている母さんの方を向き、指示をだした。
「母さん、明日、正也を病院に連れていってくれるか。検査をしたとはいえ、このまま記憶障害が続くようなら心配だ。先生に見てもらった方がいい」
母さんも頷きながら、それに答える。
「そうね、わかったわ。早い方がいいものね」
母さんの視線が父さんから俺に移った。
「正也、明日、病院に行くわよ。ーーいいわね?」
俺は静かに頷いた。
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