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決意
母さんに連れられて、俺はうつむきながら病院の廊下を歩く。
ーー正也~!
華乃が俺を呼ぶ声が遠くで聞こえた気がして、反射的に顔を上げ後ろを振り向いたけど、誰もいなかった。
花のように明るく笑う華乃の顔が頭に浮かび、幼い俺と華乃が、病院の廊下を駆けていく。
俺ははじめて華乃と出会ったときの事を思い出していた。
俺が小1に上がる前、華乃一家が隣に引越してきた。
チャイムが鳴り玄関のドアを開けると、引っ越しの挨拶に来た華乃と華乃の母親が立っていて、人見知りをした俺は母さんの影に隠れた。
「正也、ほら、挨拶なさい!」
母さんの背に隠れ首をふる俺を見て、キョトンとした顔でそれを見ていた華乃は、右手を差し出して花が咲くように笑った。
「私、西野華乃! よろしくね、正也くん!」
その瞬間、俺の初恋が始まった。
おずおずと差し出された手を掴み、握手する俺と華乃。
華乃の笑顔につられて、俺も下手くそな笑顔を浮かべていた。
ーーどうして今ごろこんな事思い出すんだろう……
微笑む華乃と華乃もどきの顔が重なり、混ざり合い、ぼやけていく。
俺が見たのは、本当にあの華乃だったんだろうか。
華乃もどきは本当に華乃じゃないんだろうか。
ぐるぐる混ざりあって、記憶の中の華乃の顔に、マジックでぐるぐると黒く塗りつぶしたような黒いもやがかかる。
ポニーテールで明るくて社交的な華乃と、眼鏡にショートカットでイマイチ何を考えてるかわからない華乃もどき、ふたりの顔が交互に頭のなかで点滅して、黒いぐるぐるがふたりの顔をおおっていく。
「正也、正也!」
隣を歩いていた母さんが声をかけ、俺の腕を引っ張った。
「どうしたのよ、ボーッとして!
会計窓口はこっちよ」
母さんが俺が進もうとした反対方向にある会計窓口を指差し、方向転換を促す。
「ごめん、ちょっとボーッとしてた」
俺はあの頃と変わらない下手くそな笑みを浮かべながら母さんを見て、頭の隅っこで思った。
ーーもう、華乃の事を考えると、頭がおかしくなりそうだ。
どっちの華乃が本物かは治療を受けていくなかで、ゆっくり見極めていけばいい。
「もう、大丈夫だから」
いまはまだ、考えるのはやめよう。
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