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病院から帰ったその夜、俺は懐かしい夢を見た。 その日は日曜で、華乃と遊ぶ約束をしていた。華乃の家に行き、チャイムを押すとポニーテールを揺らしながら華乃が玄関から出てきた。俺の姿を見ると花が咲くように笑う。 俺はそれを見て照れ臭くなって、華乃から視線をそらした。 「公園まで、どっちが速く行けるか競争な!」 照れ隠しにそう言って、俺は駆け出す。そのあとを華乃が慌てて追いかけ、華乃の手が俺の服の裾を掴もうとするが、なかなか掴めず、段々と俺との距離がひらいていく。 「ちょっと、待って! 速いよー!」 華乃が数メートル後ろで叫びながら、俺の後をついてくる。俺は後ろを振り返った。 「早く来いよ! 華乃~!」 公園には先に俺がつき、公園の入り口で立ち止まると、叫んだ。 「ゴール!」 先に着けたことに満足して後ろを振り返ると、遠くから息を切らして華乃が走って近づいてくる姿が見えた。俺の前につくと、華乃は膝に手を置き、大きく肩で息をしながら叫んだ。 「もー、速いよー! 正也!」 「俺が速いんじゃなくて、華乃が遅いんだろ?」 華乃は息を整えながら、物言いたげに俺を見た。 「正也は自分の足の速さをわかってない~! クラスでだって一番速いじゃん! 勝つなんて無理だよ~!」 泣き言を言う華乃に、俺はキョトンとした顔で言った。 「クラスで一番速くても、学年で比べると3番目くらいだろ。大袈裟なんだよ、華乃は」 華乃は俺の服の裾をつかむと言った。 「もー、それでも十分速いって! 私、本気で走ってたのに追い付けないんだもん。 結構走るのに自信あったのにショックだ~!」 「ははは。精進したまえよ」 腰に手を当て、どや顔で言う俺を見て、華乃が笑った。つられて俺も笑ってしまう。 「でもさ、本当に正也って足が速いよね。本格的に練習したらきっともっと速くなれると思うんだ、それこそオリンピック選手とかに選ばれるような選手になれるんじゃないかな!」 キラキラした目で俺を見る華乃に、俺は照れ臭くなって視線をはずし、頬をかく。 「そんな簡単にオリンピック選手とか言うなよ。無理に決まってるじゃん」 「無理かどうかはわからないじゃない! まだやってみてないんだし」 真剣な顔で言う華乃に、俺は吹き出した。 「何で華乃がそんな必死なんだよ~!」 それを見た華乃は、頬をほんのり赤らめて言った。 「もー、だってなれるって思うんだもん! 目指そうよ、オリンピック選手!」 華乃は真剣な目を俺に向けた。 「中学に上がったら、部活があるし、陸上部に入って、本格的に走ってみようよ! 私もマネージャーになって、正也の事応援するから、ね?」 胸の前で華乃に片手を包み込むように握られてどぎまぎする俺。顔に熱が集まるのを感じながら、華乃から目をそらせずに見つめあったまま頷いた。 夢から覚めて、静かに目を開けた俺は、頬が濡れているのを感じ、ごしごしと服の袖で目元を擦る。 見慣れた天井を眺めながら、華乃を思い、泣いた。
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