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フラッシュバック
それから数日、俺と華乃(仮)は一緒に登校して朝練に出たり、休み時間に下らない冗談を言い合って笑ったり、弁当のおかずを交換したり、部活に出た帰りに一緒に帰ったりした。
俺に女友達がいたらこんな感じなんだろうなと思いつつ、まるでぬるま湯につかったみたいに平穏で、俺にとっては都合のいい日々を過ごしていた。
辞めたはずの部活は辞めてない状態で、殺されたはずの華乃は生きていて、起きたはずの事件は起きていないーー本当にこの日常が本物なら、俺はどんなにか救われただろう。頭の隅っこでひっかかる違和感を無視して、このままズルズルと日常に流されていたいとすら考えてしまうほどに、華乃(仮)がいる世界は優しく、居心地が良かった。
だけどその平穏は、長く続くことはなかった。
祭りの日。俺は寝過ごして、神社に向かう歩道を全速力で走っていた。走りながら、何度も華乃が殺されたあの日の光景が、頭のなかでちらつく。横断歩道を渡ろうとしたらちょうど信号が赤になり、俺はその場で足踏みしながらポケットからスマホをとりだして、時間を確認した。
17:55分。現在地から待ち合わせの鳥居までは10分ほどかかる。
ごめん、少し遅れるとメールを打ち、華乃(仮)に送信した。
嫌な汗が背中を伝う。
華乃が殺された日と同じ行動をなぞっている俺自身に吐き気がする。
出来るだけ早く着いて、華乃(仮)の顔をみたい。そわそわしながら信号を見ていると、やっと表示が青になり、俺は再び走り出した。俺は神社にたどりつくまで、全速力で走りつづけていた。
道路を挟んで向こう側に神社の鳥居が見え、その前には浴衣姿の華乃(仮)がスマホを見ながら待っているのが確認できた。道路を隔てて向こう側にいる華乃(仮)が俺の姿に気づき、笑顔で大きく手を振っている。俺は早く華乃(仮)のもとへ行きたくなって、信号機をにらんだ。
もうすぐ信号が変わるという瞬間、華乃が男に刺されている映像が俺の頭のなかでフラッシュバックした。
後ろから犯人に刺され、倒れる華乃。
目の前で飛び散る鮮血と、逃げ惑う人々。
光る刃物。
犯人の嬉しそうな顔。
正直吐きそうだ。俺はその場で口許を押さえ、うずくまる。
信号が青に変わった後、浴衣姿の華乃(仮)が横断歩道を渡って、小走りで俺のもとへとやって来るのが見えた。
ーー良かった、殺されてない……
ほっとしたら腰が抜けて、俺はそのまま後ろに転んで尻餅をついた。
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