8人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
ふたりの華乃
そのまま二人で境内に入ると、参道の両脇に連なるように出店が出ていた。迷路みたいにくねくねと境内を埋め尽くすように出店が枝分かれして出ていて、ボーッとしていると他人と肩がぶつかるくらい、人通りも多い。
「正也、正也ってば!
はぐれるといけないから、手、繋いでおこう?」
隣を歩く華乃(仮)が服の裾を掴んでいた手を離して、俺の方へと手を差し出す。
俺はそれを見て、華乃と俺がはじめて二人で祭りに行った日の事を思い出していた。
幼かった俺は、人通りが多い中、賑やかな出店を物色しつつ、人の間をぬってするすると先へと進んでいた。
ーー待って、正也、置いてかないで!
振り向くと、人波に流されそうになりながら、浴衣姿の幼い華乃が泣きそうな顔で俺を呼んでいる。
俺は人波の中に入り、華乃の方へと手を差し出しその手を掴むと、人波に逆らうようにして華乃をそこから引っ張りあげた。
人にぶつかり、バランスを崩した華乃を俺が抱き止めると、華乃は恥ずかしそうに頬を染めて笑い、つられて俺も一緒に笑った。
ーーありがとう、正也、気づいてくれて。うっかりはぐれそうになっちゃった。
ふわりとシャンプーの臭いを漂わせながら、華乃は俺から体を離した。少し名残惜しい気持ちになりながらも、俺は照れ隠しにそっぽを向いて言った。
ーーそんな浴衣とか動きにくい格好してきてるからはぐれそうになるんだろ?
普段着でこれば良かったじゃん。
横目で見た華乃は、恥ずかしそうに下を向き、ポツリと呟いた。
ーーだって、可愛い服で来たかったんだもん。ダメ?
上目使いで聞いてくる華乃に、俺は頬が熱くなった。
ーー別に、普段の格好でも充分可愛いけど。
呟くようにそう言うと、俺は華乃の手を掴んで、ずんずんと人波の中を進んだ。
つないだ手から華乃の体温が伝わり、妙に気恥ずかしかったのを覚えている。
「ーー正也?」
気がつくと人混みの中、俺たちは立ち止まっていた。俺の真横に華乃(仮)がいて、真っ黒な目で俺の様子を観察している。
「あ、わ、悪い……。ちょっと昔の事思い出して」
言い訳しつつ視線をそらすと、華乃(仮)は無理矢理俺の顔を両手で挟み、自分の方へと向かせた。
「私と一緒にいるときは、私の事だけ考えて。ーーまた記憶の中の女の事、考えてたでしょ」
吸い込まれそうな真っ黒い目が、俺を捕らえて離さない。俺は華乃(仮)から目をそらせないまま、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……悪かったよ、気を付ける」
背筋に冷たい汗をかきながら俺がそう言うと、華乃(仮)が俺の頭から手を離し、目だけで笑った。
「よろしい。じゃあ花火が始まる前に出店で食べ物、買いまくろう! たくさんいろんな種類を食べたいから、割り勘で買って半分こしない?」
目の前にいる華乃に違和感を覚えつつ、俺は頷いた。
ーー私は、食べ物よりも何か思い出に残るものにお金を使いたいなあ。せっかく二人できたんだし。
昔の華乃はそう言って、射的の景品を狙ってたっけ。くまのぬいぐるみをとってやったら、花がほころぶように笑って、大切にするねと胸に抱き締めていたのを思い出す。
一方、いま目の前にいる華乃(仮)は、記憶の中の華乃と違って食いしん坊だ。俺の手を引き、人混みの中をぬって焼きとうもろこしやかき氷、わたあめや唐揚げの出店を物色している。色気より食い気だ。
俺の手の中にどんどんと食べ物が増えていき、両手一杯に食べ物を抱えた状態になってはじめて、華乃(仮)が移動しようと言った。
最初のコメントを投稿しよう!