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本物の華乃
華乃(仮)につれられ来た場所は、本殿の裏だった。そこは花火がよく見える穴場スポットらしく、華乃(仮)以外にも、何組かカップルが寄り添って座っている。
「な、なあ、ちょっとここ、恥ずかしいんだけど……」
周りのラブラブオーラに圧倒されて、居心地の悪い思いをする俺に、華乃(仮)はふふっと笑った。
「いいじゃん。私たちもカップルなんだし、ここ、人も少なくて花火もきれいに見えるんだよ?」
俺たちは近くの石畳に腰を下ろすと、買ってきた食べ物を膝の上に広げた。
「結構買ったな、この食いしん坊」
呆れる俺に、華乃(仮)は串に刺さった唐揚げを俺の口の前に差し出した。
「はい、あーん」
俺は恥ずかしさのあまり、華乃(仮)の手から串をひったくった。
「一人で食えるし!」
華乃(仮)がそれを見て笑う。
その背後で花火が打ち上がる音がして上空を見上げると、色とりどりの花火が空を埋め尽くしていた。
「きれいだね、正也」
こてんと俺の肩に頭を置く華乃(仮)。恋人っぽい甘い距離感に内心ドキドキしてしまう。
思えば華乃とは、付かず離れずの距離で接していた気がする。
こんな風に恋人らしい距離感でデートすることもなくて、最近では部活一辺倒の俺を文句も言わずに支えてくれていた。
本当ならあのとき、華乃と一緒に、こんな風に花火を見ていたかもしれないんだ。
そう思うと涙で視界がにじみ、ぎゅっと胸が締め付けられる。
ーー正也~! 浮気したらゆるさないんだからね!
そう言って花が咲くように笑う君が好きだった。
頬に涙が伝う。
俺の肩に頭を乗せていた華乃(仮)がそれに気づいて、頭を起こした。
「大丈夫?」
頬に伝う涙を手で触れながら、コツンとおでこをくっつけてくる華乃(仮)。
「怖い夢は忘れちゃいなよ。今日だって、何も起こらなかったでしょう? きっと悪い夢を見たんだよ」
打ち上がる花火の音を聞きながら、俺は涙でグシャグシャになりながら、絞り出すように言った。
「……ごめん。やっぱりあんたは俺の知ってる華乃じゃない……」
華乃(仮)がそっとおでこを離し、まっすぐ俺を見た。
「まだ、そんなこと言ってるの? 私が西野華乃だって、言ってるじゃん」
涙で潤んだ目で、俺を見る華乃(仮)。
だけど、違う。
やっぱり違う。
「ごめん。何が起こってるのか俺にもさっぱりわからないけど、だけどーー俺の好きな華乃はあんたじゃない。あんたじゃないんだ」
頭を下げる俺。
花火が連発して打ち上げられるなか、華乃(仮)がボソッと呟いた。
「私にしなよ」
俺は頭を下げたまま、首を大きく横に振る。
「どうしても?」
涙声で華乃(仮)は聞いた。
俺は静かに頭を上げると、赤い目をした華乃(仮)の顔がそこにはあった。
「ごめん。だけど、華乃に会いたい……」
ぎゅっと目をつむり、絞り出すように言う俺に、華乃(仮)は優しく頭を撫でた。
「私にしたら楽なのに……。頑固者」
目を開けると、少し寂しそうな顔で俺を見る華乃(仮)の姿があった。
花火が打ち上がり、夜空に散っていく儚い音が聞こえる。
そんな中涙を流しながら見つめあう俺たちの脇で、猫の鳴き声がした。
にゃー
声のした方へ目をやると、黒猫がこっちを見て鳴いていた。
「ジジ……。そっか、もうゲームオーバーなんだね」
華乃(仮)は自身の涙を手でぬぐうと、その場で静かに立ち上がった。
花火をバックに、華乃(仮)が俺に向かって手を差し出す。
「行こっか。正也くん。
ジジが呼んでる」
俺は驚きに目を見開く。
「ジジって、あの靴屋の……?」
「そう。店についたら話すよ、全部ね」
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