不思議なお店

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不思議なお店

華乃(仮)が導くように、現れた黒猫のあとをついていく。俺は慌てて食べ物を回収し両手で抱えると、その後を追った。 境内を出て鳥居をくぐり階段を降りると、横断歩道をわたり、閑静な住宅街に入っていく。黒猫を先頭に、俺たちは複雑にいりくんだ道を歩いていく。店につく間、俺も華乃(仮)も無言だった。細い路地裏へ入り、建物と建物の間を真っ直ぐに進むと、突き当たりにこじんまりとした西洋風の建物が見えた。ドアの近くには靴のマークがかかれた看板が備え付けられていて、ライトで照らされている。ここが例の怪しげな靴屋だと気づいた俺は、唖然として店先の前で立ち尽くす。 「なんで……店が、ここに……。無かったはずじゃ」 呆ける俺に、華乃(仮)が店のドアを開き、中に入るように促した。華乃(仮)の足元を黒猫が通り、店の中へ入っていく。 俺は覚悟を決め、華乃(仮)と一緒に店内へと入っていった。 淡い明かりがともる店内の中でもひときわ目立つ場所に棚が置いてあり、靴が整然と並べられている。男か女かわからないような綺麗な顔をした店主がカウンターの前に立っていて、黒猫を抱き抱えながら俺らを出迎えた。 「今晩わ。ジジがふたりをここへ連れてきたということは、失敗したんだね」 華乃(仮)が頷く。 「失敗したってどういう事だよ。あんたたち何か知ってるのか? このおかしな現象に、何か関わってるからそんなこというんだろ……!」 話していて声が震えた。店に入ってから、手に持っていた食べ物が消え、俺は華乃が殺されたときと同じ服装をしている。頭の隅っこで警笛が鳴っている、これ以上踏み込んだらダメだと。 華乃(仮)の姿もいつの間にか浴衣から見知らぬ制服姿になっていて、履いていた赤いスニーカーを脱いで、棚の上に並べると、靴下姿で俺を見る。 店主は黒猫を床に下ろし、棚に近づくと、置かれた赤いスニーカーを手に取った。 「そう、君の言う通り関わってるよ。 この棚におかれている靴は、奇跡を起こす靴だ。ここにくる魂の、力がある」 俺は唾を飲み込んで聞いた。 「ーー未練?」 「西野華乃が死ななかった世界を君は追体験しただろう? 残念ながら相手は西野華乃本人ではなかったけれど、君の理想とする体験をしたはずだ」 「追体験って……じゃああの、あそこにいる華乃は偽物ってことでいいのか!?」 俺は棚のそばでしゃがんで、黒猫と戯れている華乃(仮)に指差した。 「俺の……記憶は、あってたってことか? 記憶の混濁とか、心因性の記憶の欠乏とか、あれは全部……なんだったんだよ!」 俺は頭を抱えながらうめいた。 「幻だよ。君が交換した赤いスニーカーの持ち主、槙村和花(まきむらのどか)が見せた幻だ」 「幻って、なんで……」 俺は淡々と説明する店主を見た。感情の読めない笑顔を、俺に向けている。 「輪廻の環に戻すためさ」 「輪廻の環?」 「そう、輪廻の環。ここはね、生と死の狭間にある店なんだ。死んでも死にきれない霊魂や、もうすぐ事切れそうだけど強い未練がある生き霊が、この店には集まってくる。」 カラカラに乾いた口で、俺は聞いた。 「生と死の狭間ってなんだよ。俺、生きてるし……」 店主の目が俺をまっすぐに見据えた。 「そうだね、君はもうすぐ亡くなる予定の生き霊だね」 信じがたいことを言っているのにも関わらず、店主の浮世離れした美貌には、妙な説得力があった。 「もうすぐ亡くなる……? 俺が?」 棚の近くでしゃがみ、黒猫を撫でていた華乃(仮)が口を挟んだ。 「正確には延命治療を受けている命だよ、正也くんは。いつ死んでもおかしくない状況だけど、無理矢理現世に魂をとどめている状態だね」 「何を……言って……。俺が死にゆく命なら、じゃああんたらはなんなんだよ!」 店主の目が弧を描く。 「死神だよ。」 妙にきっぱり、店主は言った。 「は?」 俺は間抜けな声を出して、店主を見た。 「死せる魂を正しい方向へ導く事が私の役目。ここに来るのは生きていたときに大きな未練を抱えた霊魂がくるってさっき話したでしょう? そのままだとその魂は怨霊になって現世にとどまってしまう。輪廻転生の環から外れてしまうんだ。それを防ぐために、この店はあるんだよ」 俺のこめかみから汗が一筋垂れる。 店主が落ち着いた声色で続けた。 「この世に未練をもった魂を輪廻の環に戻すため、霊に魅入られた靴を使って理想的な世界を追体験させ、未練を断ち切らせるんだ。君の場合、西も少しあったみたいだけど……、君は奇跡の力に流されず、輪廻の環から外れたまま、再びここに来た。魂のクリーニング失敗だよ」 店主は赤いスニーカーを棚に戻すと、代わりに棚に置いてあった俺の部活用スニーカを手渡される。 その瞬間、走馬灯のように記憶の波が押し寄せてきた。
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