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ふたつの選択
犯人に目の前で華乃を滅多刺しにされたこと。それを止めようとして、犯人に複数回腰を刺されたこと。
目が覚めたときには華乃は死んでいて、葬式にも出られなかったこと。
刺され所が悪く、俺は車イス生活を余儀なくされ、陸上競技を諦めざるを得なかったこと。
犯人の処罰を、病院にあるテレビのニュースで知ったこと。
精神的に限界が来て、何度も病院で暴れたり、自殺未遂をしたこと。
「俺、は。」
まるで映画のように記憶が巡り、俺は手にした靴を落とし、地面に膝をついた。
涙がこれでもかと溢れてくる。
絞り出すように俺は言った。
「俺は、華乃とはちゃんとお別れできなかったのか……? 俺の記憶は、一体どうなってるんだよ……!」
「正也くん……!」
華乃(仮)改め槙村和花は、俺のそばに駆け寄ると、俺を強く抱き締めた。店主は俺の目の前にくると目線を合わせるためにしゃがんだ。
「君の本当の記憶は、君自身を絶望させるものだ。君自身の自己防衛本能が働いて、嘘の記憶に塗り替えられた……」
俺は店主を睨んだ。
「じゃあさっきのが本当の記憶なのか……?」
店主は少し迷ったそぶりを見せたあと、口を開いた。
「そうだよ。そしていま、君には二つの道がある」
「ふた……つ?」
「そう、二つだ。
一つは、槙村和花に身をゆだね、未練を断ち切り、輪廻の環に戻ること。
もう一つは、未練に縛られ、怨霊として現世にとどまること。
いまの君にはどちらも選ぶ権利がある。
私としては怨霊にはなってほしくないけどね」
槙村和花に抱きつかれながら、ポロポロと涙を流す俺。下を向き、絞り出すように声を出す。
「ーーどっちにしろ俺は死ぬんだろ……?
だったらアイツも、道づれにして死にたい! じゃないと俺も華乃も浮かばれないだろ!」
俺を抱き締める槙村和花の手に力が入る。
「そんなのダメだよ! 生きてる人を呪い殺すってことは、怨霊になるってことなんだから! 正也、生まれ変わることができなくなるよ……! それでもいいの?」
俺は顔を上げ、焦点の合わない目で言った。
「ーーいい。復讐できるなら、怨霊になっても、生まれ変われなくても、いい。」
黒目が揺れ、店主の姿が何人にも見える。
店主はため息をつき、俺の足元に転がっているシューズを拾い上げると、棚に戻した。
俺は槙村和花を振り払い、店主の足にすがり付いた。
「なあ、あんたはアイツを道づれにする方法を知ってるんだろ……? じゃあその方法を教えてくれよ、なあ、なあってば」
俺に振り払われ、地面に手をついて転んだ槙村和花は、再び、俺の肩に手を伸ばし抱き締めた。
「ねえ、もう諦めようよ、正也くんまで怨霊になったら、きっと誰も浮かばれないよ……!」
俺はゆっくりと槙村和花の方へ視線をやり、焦点の定まらない目で聞いた。
「俺まで怨霊になったらって、どういう意味だよ?」
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