明日もまた靴の音

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明日もまた靴の音

久遠正也(くおんまさや)が事切れた日、医療刑務所に一足の靴が届けられた。 送り主の名は久遠正也(くおんまさや)、送り先は西野華乃を刺し殺した犯人の男、安達信明(あだちのぶあき)になっていた。 靴を受け渡すとき、安達は酷く混乱して暴れた。ヒールの音が耳から離れない、あの女が俺を見ている、見るな、来るな、こんな靴いるか!とわめき散らし、陸上競技用の白いスニーカーは弧を描いて地面に落ちた。 「聞こえる、聞こえる。走って近づいてくる靴の音が、聞こえる……!」 安達は頭を抱え、半狂乱になりながら、地面に頭を何度もぶつけた。 安達信明の異常なまでの取り乱しかたに、すぐさま担当の精神科医が駆けつけ、注射を打って眠らせた。ここ数ヵ月、安達はずっとこんな調子だ。安達の部屋の隅には、ヒールの壊れ、血で赤茶色く変色したミュールと、陸上競技用のスニーカーが転がっている。 ーーねえ、私たち。あなたが死ぬまで、ずーっとずーっとあなたのそばで呪い続けてあげる。 クスクスと笑い声が、靴音ともに安達の部屋に響いていた。
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