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偽物
次の日。
ベッドから起きて制服に着替え、階段を降りてリビングに向かう。
リビングでは楽しそうな声が聞こえ、ドアを開けるとそこには、見覚えのない女の子がキッチンで母さんと一緒に料理をしていた。
食卓には父さんが座って新聞を読んでいる。見覚えのない女の子が家に上がり込んでいるのに、父さんも母さんも違和感を感じてないようだった。
「母さん、誰、それ」
俺は恐る恐る俺と同年くらいの女の子を指差した。
母さんははつらつとした笑顔で笑った。
「もう、何寝ぼけてるのよ!
幼馴染みの華乃ちゃんでしょう?」
眼鏡にショートカットの女の子は、さも当たり前のようにおはよう、と言った。
なんだか空間がよじれているような感覚を肌で感じ、俺は気持ち悪くなってトイレに駆け込んだ。
ひとしきり吐いた後、リビングに戻ると、華乃もどきは俺に近づいてきた。
「大丈夫? 顔色が悪いよ」
華乃もどきは心配そうに眉を寄せ、俺を見る。だけどこいつは華乃じゃない。華乃は数ヵ月前に殺されたんだ。誰でもいいから殺したかったとかいう理由で、理不尽にも殺されてしまったんだ。
「誰だよ、お前……」
華乃もどきを睨み付ける俺に、母さんがのんきに、喧嘩でもしたの~?と聞いてくる。
「……やだなあ、忘れちゃったの? 正也君の幼馴染み兼部のマネージャー兼彼女の、西野華乃だよ~?
寝ぼけてるのかなあ?」
華乃もどきは笑いながら、俺の肩をたたこうとしたが、俺がそれを避けた。
「気持ち悪いんだよ、誰だよ、あんた。」
華乃もどきは所在なさげに、呟いた。
「だから……西野華乃だよ……」
それを聞き、俺のなかで何かが弾けた。
「母さんも父さんもどうかしている! 華乃は数ヵ月前に亡くなっただろ? それに俺の知ってる華乃は、こいつとは似ても似つかない別人だった!」
母さんがキッチンから俺のもとへと来て、俺の鼻をつまんだ。
「こらー、正也!
いくら喧嘩したからって、そんな言いぐさはないでしょう?
華乃ちゃんもごめんなさいね、うちのバカ息子が寝ぼけてて」
華乃もどきは愛想笑いを浮かべながら、いたらなくてすいません、と頭を下げる。
それをみた俺は、華乃が汚された気がして、沸々と怒りが込み上げてきた。
「いつまでその三文芝居してるんだよ! 」
母さんの手を払い、華乃もどきにつかみかかる俺。それを阻止しようと母さんが割ってはいる。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ、正也!
華乃ちゃんに何する気?
相手は女の子なのよ!
落ち着いて!」
俺は華乃もどきの制服の襟ぐりをつかみ、叫んだ。
「こいつは華乃じゃねぇ!
誰だ、なんの目的でここにいる!」
華乃もどきは、つま先立ちになりながら俺にされるがままに揺さぶられている。
その時だ。黙ってみていた父さんが、新聞を置いて吠えた。
「いい加減にしなさい!」
俺と華乃もどきと母さんの動きが止まった。
「正也、まずはその手を離しなさい。父さんは女の子に暴力を振るうような男に、お前を育てた覚えはないぞ!」
父さんに叱られ、俺は力なく華乃もどきから手を離した。
「正也、人間だからケンカをするのは当たり前だが、それにしても目に余る。数ヵ月前に華乃ちゃんが亡くなったとか、朝から言って良い嘘ではないぞ。謝りなさい」
俺は涙をこらえることができずに下を向いた。ポツリポツリと涙が床に落ちていく。
「おかしいのは父さんたちじゃないか……。俺は華乃が殺される瞬間を見てるんだぞ……。今さら勘違いでしたなんてオチ、あるわけないだろう!」
その瞬間、頬に痛みが走る。
母さんが俺の頬を叩いたのだと気づくのに、時間が少しかかった。
「正也、いい加減になさい!
華乃ちゃんが泣きそうな顔してるのがわからないの!?」
母さんの背に隠れるようにして、華乃もどきが赤い目をして俺を見ていることに気がついた。
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