約束

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約束

息が弾む。歩道を全速力で駆け抜け、できるだけ早く神社に着けと俺は足を動かした。 横断歩道を渡ろうとした時、ちょうど信号が赤になった。その場で足踏みしながらポケットにあるスマホをとりだし、時間を確認する。 ごめん、少し遅れるとメールをうち、送信した。信号が青になると俺は再び走り出した。 俺ーー久遠正也(くおんまさや)は走りながら、今朝あった出来事を思いかえす。 朝、雲ひとつない夏晴れの日。 汗をぬぐいながら、俺は幼馴染みの西野華乃(にしのかの)と二人で部活の朝練に向かっていた。 「今週土曜日の夜、一緒に花火見に行かない?」 隣を歩く華乃が、いたずらっぽく笑いながら提案する。 「花火?」 俺は唐突な提案に目を丸くし、華乃の顔をみた。 「そう、花火! 近所の神社でお祭りがあるんだって。そこで花火もみれるみたいなの。一緒にいこうよ!」 目を煌めかせて言う華乃。 「駄目。もうすぐ大会があるし、そっちに集中したい」 俺の顔を覗き込むようにして、上目使いで膨れる華乃。ビシッと俺の眉間に人差し指を突きつけると言った。 「もー、あいっかわらず陸上バカなんだから。たまには息抜きも必要だぞ?」 突きつけられた指にうっとのけぞる俺。少し気まずくなって、視線を横にそらす。 「今のうちに走り込んでおきたいんだよ」 俺はそのまま華乃をおいて、逃げるように軽く走り出す。 「あっ、ちょっと待ってってば! たまにはいいじゃん! 遊ぼうよー!」 俺の後を追い、慌てて華乃は駆け出した。俺のスクールバックの紐をつかもうとするが、うまく掴めず足掻いている。 「絶対楽しいって! 昔はよく2人でお祭り行ったじゃん!」 息を切らせながらもついてくる華乃。顔が真っ赤だ。 「付き合ってるんだから、たまには恋人らしいこともしようよ~!」 叫びながらも華乃はなんとか俺のスクールバックの紐を掴んだ。 華乃の息が上がっているのをみかねて、俺は段々と走るスピードを落としていき、最終的には立ち止まった。 「恋人……らしいこと?」 火照る顔を見られたくなくて、俺は視線を泳がせる。 一瞬、キョトンとした表情を見せた華乃だったが、満面の笑顔に変わった。 「そう、恋人らしいこと! 今夜6時に浅川神社前で待ち合わせだからね! 約束!」 小指を立てて俺に向ける華乃。俺は少し照れくさくなりながら、それに応じる。 俺と華乃の小指と小指が絡まった。
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