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「仕事にはその後戻られるかも知れませんけど、久我さんはここに来てくれます 」
そう、俺のためだ。どんな理由にしろ、俺のために来てくれるんだから。
顔を擦りむいたのは器用だからとかじゃない、久我さんなら俺のことを分かってくれている。
さっきは逸らした瞳を、今度は真っ直ぐに真祝にぶつけると、薄茶色の瞳が動揺で揺れた。
「そ……っか 」
「……? 」
泳ぐ目、判断に迷っているみたいだ。どうしてこの人がこんなに狼狽えるのかが分からない。
「真祝さん」と、京香が声を掛ける。
「え、あ……、うん。ごめん、京香ちゃん、俺達帰るよ 」
「……はい 」
分かって返事をしているのに、納得がいっていないのか京香が口唇をきゅっと噛む。
「そんな顔しないで。来月もまた来るから 」
真祝が京香の頭を優しく撫でた。頷く京香は涙を堪えているようだ。
どうしてだろう。何もしていないのに、自分の我儘で悪いことをしている気がした。
「京香ちゃん 」
「海、音…… 」
子どもに呼ばれた京香が振り向く。
「絵、とちゅうになっちゃった。のこりは家でかくから、つぎの時にもってくるね 」
淋しそうに笑う海音を、京香が同じ目線で抱き締める。
「そうね、絶対よ。絶対に見せに来てね 」
大好きよと言った時、堪えきれなかった涙が京香の瞳から零れた。
「ぼくもだいすき 」と、海音が小さな手で抱き締め返す。
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