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母を失くして、天涯孤独となった俺は施設へと送られた。
その辺りの経緯は何も覚えてはいない。その頃の記憶がすっぽりと抜けているのだ。
連れて来られた施設は教会に併設されている施設で、子供達の世話をしてくれるシスター達は慈悲深く子供達に接していた。そこには同じ歳の子達も数人居たが、様々な年齢の子供達が衣食住を共にして暮らしていた。共通していたのは、全員、親兄弟の居ない子供達だったことだ。そして、なぜか、そのことに安心していた。きっと、皆そうだっただろう。
毎日、きちんと三食与えてもらい、風呂にも入り、お下がりと云えど綺麗で清潔な服を着る。初めは不思議な感覚だったが、少しずつ少しずつ生活に慣れていった。いつの間にか、笑えるようにもなっていった。
第2性が、Ωだということは中学生の時の検査で分かった。それにはどこか予感があったから、特別驚きもしなかったし、悲しくもなかった。ただ、これから生きていく上で面倒臭いことになったなと思った。どうしてか、神父様やシスター達に報告した時、表には出さないが喜んでいる気がしたのは、後に気のせいでは無かったと知ることになる。
他の子よりも成績の良かった俺は、神父様の勧めもあり、高校は奨学金制度を利用してミッション系の私学に進んだ。
3年生になったある日のことだった。その日は木曜の学び会があるため、役員会もごめんなさいと途中で抜けさせてもらい、帰り道を急いでいた。途中、降り始めた雨に走る速度を上げる。
俺には、会が始まる前に神父様に伝えたいことがあったのだ。
その日、担任に呼び出されて、附属の大学への特待生に選ばれたと知らされた。
在学する4年間、大学の規定や資格条件を満たせば、学費を全て免除してもらえるうえに奨学金も受けられる。施設の子供達は、高校を卒業すれば全員施設を出なければならない。大学へ行きたければ、自分の身を立てなければいけない中、学費も捻出しなければならないのだ。その為、学力があっても進学を諦める子も多い。
きっと、皆喜んでくれる。
発情はまだ無いが、細い首には頑丈でごつい首輪がある。走る度、飾りの十字架が揺れて音を立てていた。
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