壊れるモラル《オメガバース》

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 「コレ、どうしたの? 転んだの? 」  「……はい 」  学校の前で拐われそうになったなんて、うまく説明出来ない。それに京香ならまだしも、さっき出会ったばかりのこの人にそんなこと言いたくない。  いや、言いたくないのはそれだけが理由じゃないと分かっている。卑屈な自分が本当に嫌になった。  腰を屈めた真祝が、ジッと享の顔を見詰めてくる。    左目の下辺りが少しヒリッとするので、自分では見えないがきっとそこを怪我しているのだろう。  透明感のある薄茶色の瞳に見透かされてしまいそうで、享は目をそっと逸らした。    「顔から転ぶなんて器用ね 」  「……たっ!? 」   突然、傷口に水を掛けられて、思わず声が出た。  「そんなに痛い訳ないでしょう? 生理食塩水よ 」  動かないでと目の方に反対の手を翳しながら、京香は傷口を洗った後、ガーゼで優しく拭う。  ガーゼに付いた赤いものを見て、思ったよりも擦りむいているのだなと思った。  「傷が残らなければいいけれど」  創傷被覆材、所謂メディカルパッドを最後に貼り付けて、京香が小さく息を吐く。  「ありがとうございます 」  享は小さく頭を下げた。  「いいのよ。それより冨樫が居なかったのだけれど、お兄様を送って行ったのかしら? 」  あぁ、それで救急箱を見つけるのに時間が掛かってしまったのかと納得する。  「きっと、学校に迎えに行ったんだと思います 」  「迎え? 」  そうだ、あの場でああ言わないと俺がごねると分かっていて、『家で待ってて』と言ってくれた。それでも、あの人は約束を(たが)えるようなことはしない。  「久我さん、俺の事で学校に話をしてくれるみたいで。終わったら、冨樫さんが迎えに行って、ここに来てくれるって言っていました…… 」  「ここに?! 」  被せるような真祝の声に、ビクッと肩が揺れる。  「仕事に戻ったんじゃ、なかったのか? 」    
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