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「なかないで、ぼくもなきたくなっちゃうよ 」
「ごめんなさい、海音。もう少し、一緒に居られると思っていたから 」
涙を拭おうとする京香の手を止めて、ちゅっとその目元に海音が口付ける。
「み、海音? 」
「あは、しょっぱいね 」
ニコッと天使の様に笑いながら、今度は固まる京香の頬にキスをした。
いつも毅然として、クールな態度の京香が一瞬で顔を真っ赤に染める。
「ぼくね、お勉強も運動も、全部がんばってるよ。早く大人になって、ずっと京香ちゃんといられるように 」
「そ、そんなに頑張る必要なんてないのよ。海音が無理するのは…… 」
「むりなんてしてないよ、全部楽しいんだ。だって、毎日がんばればがんばるだけ、京香ちゃんといっしょにいられる日がちかくなっていくんだもん 」
海音は京香の手を取ると、そっとその甲に口唇を寄せる。
「だから、待ってて 」
何度も頷く京香に、海音はふっと整ったアーモンド形の瞳を細めると、年齢に相応しくない妙に大人びた微笑みを浮かべて立ち上がった。
「海音 」
母親に名前を呼ばれて、お互いが名残りおしそうに絡めた手を解く。最後の指先が離れた瞬間、京香がまた口元を歪めた。
「また、来るから。ごめんね、京香ちゃん 」
海音の荷物も、持って来たものも全てトートバッグに詰め込んで、真祝がさっきまで京香と繋いでいた海音の手を取る。
何をそんなに急いでいるのかも、目の前で繰り広げられている光景の意味も分からない。ただ、分かるのは、まだ側にいたいと言っているのに、今直ぐ引き離す理由があるのだろうか。
「ちょっと待ってください! 」
理不尽さを感じた享は、部屋を出て行こうとする真祝を呼び止めた。
「そんなに慌てて出て行かなくてもいいじゃないですか。お茶だってまだ飲んでないんだし…… 」
「いいの! 」
けれど、それを止めたのは京香だった。
「いいのよ、早く行ってください 」
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