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「あんなに仕事の鬼だった橋崎主任さんが最近定時で帰るようになったのって…。
あ、もしかして、私を差し置いてカレシができたんですかぁ?」
17時を少し過ぎた夕方のオフィス。帰り支度のため机の上を片付け始めた私に向かって、私のチームの部下、仲山 美優が、揶揄うように話しかけてきた。
「そ…そんなんじゃないわよ。
締め切った部屋に一人で待ってるから、心配なだけで…」
そこまで言って、私は慌てて口をつぐんだ。
「へえ、もしかしてオトコを部屋に囲ってるんですかぁ?」
「だから違いますっ!」
私が少し強い口調で否定すると、仲山はペロッと舌を出してバツが悪そうに横を向いた。
ただ目は笑ってるので、本気で反省してるわけではなさそうだが。
すると今度は、中山の向かいの席のもう一人の部下、菊池 健人がその場を取りなすように話に割り込んできた。
「あ、じゃあ主任さんの部屋にいるのはペットじゃないですか?」
「ん、ああ、まあそんな感じかな」
私が適当に話を合わせて答えると、さっきペロッと舌を出して離脱したはずの仲山が再び話題に参戦してきた。
「ああ、主任さんのイメージだと、犬とか猫とかじゃなくて、ヘビとか、イグアナって感じですよねー。
なんか主任さんって、女性ながら同期トップの営業成績の持ち主で、仕事バリバリで目がギラっとしてるし、まるで捕食者?ハンターって感じがピッタリ…」
仲山の話に“そうそう…”と相槌を打ちかけた菊池は、私の視線に気づいて、慌てて口をつぐんだ。
私は“フンッ”と鼻を鳴らして、ひと睨みしたものの、まあチームの空気を悪くするのが本意ではないので、簡単な補足説明を加えるため、無理やり笑顔を作り、にこやかに話しかけた。
「さっきの菊池の推理が正解。
私、少し前からさ、猫を飼ってるんだ」
「ああ、やっぱり。最近の主任さん、少しだけ物腰や視線が柔らかくなったんで、そんな気がしてました」
菊池は、そう言いながら、正解したことにホッとしたかのように、八重歯を見せて笑った。
以前の私が物腰や視線がキツかったと言っているようなものではあるが、まあそこは気づかないフリをしておいてあげるのも、上司の務めだ。
「ね、ね、主任さん、猫ちゃんは何飼ってるんですかぁ?
ミケ?それとも茶トラ?もしかして
血統書付きの高っかい猫ちゃん?」
「ん、ああ、えーっと…。なんて言えばいいのかな。
毛が短くて青みがかったグレーで、目は緑かかったブルー…」
「あ、もしかしてそれ、ロシアンブルーじゃないですか?
可愛いっていうよりカッコいい猫でよね…」
「そ…、そうかな…」
私は、菊池の質問を、部屋で私のことを待っているであろう青い目をした“アズ”のことを思い浮かべながら、苦笑いで誤魔化し、急いでオフィスを後にした。
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