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「ただいまぁ。待ったぁ?」
私が賃貸の1LDKの部屋の玄関を開けて中に入ると、狭い廊下の奥のリビングのドアの向こうで、ガサガサっと物音がしただけで、特になんの反応もない。
アズがここに来てもう1ヶ月にはなるが、私が仕事から帰ってきても、未だに迎えに出てきてはくれない。
私は苦笑い混じりにフゥッとため息をつくと、パンプスを脱ぎ、そのままリビングに向かう。
そしてドアを開けると、部屋全体が散らかった中に、まるで陣地をこしらえたかのようにそこだけ綺麗になったエリアがあり、その真ん中でアズは寝そべり、こちらを見上げていた。
「アズ、ただいま」
振り返ったアズは、私の顔を見つめたまま、フンと鼻を鳴らした後、すぐに表情を変え、ニコッと笑って答えた。
「麻由香、おかえり」
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青みの入った銀髪ショートヘアのアズ。
色白で華奢なその身体と小さな顔で、カラコンのせいか、目は緑がかった綺麗なブルーで、耳にはシルバーのピアスが光る。
『アズって呼んで?』
初めて会った夜。
仕事で虚勢を張るのに疲れ、一人で酔いたくてたまたま入ったショットバーのカウンターの隣の席にいたアズは、そう言って、私の手の上に自分の手を重ねた。
「“アズ”って、もしかして、髪の毛や目の色が青いから?
フランス語の青色の意味の“アズール”から付けたの?」
「ふふっ、どうだろうね」
そう言ってアズは笑った。
そしてその日以来、どういう訳か、アズはギターとスーツケース一つで私の部屋に転がり込んできて、一緒に住んでいる。
アズはどうやらインディーズバンドのボーカルをしているらしい。
“らしい”というのが、私が(そっち)方面に全然疎くて、1ヶ月経っても、ライブをまだ見に行ったことがないから。
アズは結構アバウトな性格なので、部屋もかなり散らかし放題なんだけど、料理はめちゃくちゃ上手い。
私は整理整頓が趣味と言っていいくらい綺麗好きな反面、料理が苦手なので、お互い持ちつ持たれつの関係。
そういえば、アズという呼び名の由来。
出会った夜、アズはミステリアスな感じでそう誤魔化したけど、後日、アズのいない時に、偶然アズの本名の下の名前が“あずき”だと知ることがあった。そしてアズの愛称の由来がそれだと気づいた私は、一人腹を抱えて笑った。
もちろんアズには、アズの本名を知ってしまったことは伝えていないので、一人でもうしばらく楽しませてもらうつもりだ。
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