35人が本棚に入れています
本棚に追加
全力疾走なんて、いつ振りだろうか。
子供の頃にやっていた鬼ごっこで、虐めの対象だった奴が鬼になった途端、おちょくる様に鈍臭い鬼の前に態と現れて、追い付ける筈もないのに走り回った。
その時は相手の力量、体力なんか明白だったから、何度も振り返って、相手の動向を探って、余裕のある俺は腹の底からソイツを笑っていたのだ。
それなのに、今じゃ後ろを振り返ってる余裕すら無かった。
自宅マンションのエントランスに入るまで、一切振り返らずに突っ走った。
急上昇した心拍数、荒らいだ呼吸。必死に酸素を吸い込んで、肩で息をする。
俺のペースで走ってしまった結は、俺異常に疲れ果てており、立ち止まるや否や、その場に倒れ込んでしまった。
「結、立てるかっ!?」
「はっ...はっ....」
返事も返せない程に、疲労困憊の結の側にしゃがみ込むと、俺は周辺を見渡して追手の男が来ていない事を確認する。
だけど、いつ追い付くかも分かりはしない。
急いで結の体を抱き上げて、エントランスを抜けてエレベーターへと乗り込み、部屋の前まで辿り着き、勢い任せに玄関を開け、直ぐに施錠した。
この時、初めて安堵する事が出来た。
抱き上げた結の体が、必死に息を吸いながら震えている。
赤面した顔に、泣き腫らした目元。めかし込めと言って、素直に化粧なんかしたもんだから、それは涙で浮き上がりぐちゃぐちゃになってしまった。
寝室の扉を足で開けて、そのままベッドへと結を寝かせると、恐怖に染まっていた結が体を丸めて防御の姿勢を取る。
過呼吸成りかけの一歩手前、泣きじゃくる結の側に座ると、俺は彼女が落ち着くまで頭を撫で続けていた。
聞きたい事は山程ある。だがしかし、落ち着くまでは喋る事も困難だろう。
あの男はいったい誰なんだ?四葉の人間か?それでも、あそこまで横暴に出来ると言う事は、あの男は結の家族?いいや、違う。
あきらかに、雰囲気は似ても似つかない。あの男は、不確かな確信で結を凝視して、やっと結だと確信に変えていた。
幻の箱入り令嬢。世間様がその容姿を知ったのは、つい最近の出来事だ。
『――――俺はその女に用があんだよ。』
こんな事を言わずとも、本当に四葉の追手ならば、回り諄い真似などはしないだろう。
だけど順序は違えど、あの男は『逃亡ごっこはこれで御終いだ。さっさと帰んぞ....。』と結を連れ帰ろうとした。
あの男いったい何者なんだよ。四葉の会長がひた隠しにしてきた孫娘を無下に扱うなんて....。
綺麗に伸ばされた髪を乱暴に掴んで、泣き喚いているのに、一切妥協なんか見せなかった。
あの状況、簡単に逃げ出せないと分かってた筈なのに、酷ぇ事する奴が居るもんだな。
咄嗟に殴っちまったが、俺は俺の行動を間違いだなんて認めない。
正当防衛?いや、結が嫌がって、必死に俺の名を呼び助けを求めてきたんだ。
今更だが、もっと殴ってやればよかったと後悔する。自分が与えた痛みを思い知れ!!なーんてな。
次第に呼吸が落ち着いてきた結に安心していると、疲れ果てたのだろうか、プツリと意識を手放していた。
最初のコメントを投稿しよう!