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文化祭
文化祭では30部の詩画集を、嫌なものから早く解放されたくて適当に配った。クラスの子や、所属している書道部の子に「団扇代わりにでもして」とにこやかに手渡した。10月だというのに今日はやけに暑い。パタパタと扇ぐのに、詩画集は丁度良い厚さと大きさ。
結花とも表向きは何事も無かったように接していた。何より、クラスの模擬店の喫茶店や書道部の展示が忙しくて、詩画集の事で、あれこれ言い合いするのも無意味に思えた。
結花と一緒に他のクラスの出し物やオーケストラ部の演奏を見て回った。オーケストラ部の演奏の後体育館を出ると、結花が渡り廊下で何かを思い出したように立ち止まった。
「清美、ごめん。途中で辞めたのに仕上げてくれて…ありがとう」
詩画集の事とは言わない。でも、あの事以外で思い当たる所はない。
「途中で辞めてないよ、あれが一番いいラストだった。気にしないで」
文化祭の華やいだ楽しい雰囲気を壊さないように、結花の絵に、私の詩が食われた事実から目を背けるように、私は強がった笑顔で返した。
「三年のクラス分けで就職組にしたでしょ。進学組にいる清美が羨ましいって言うかさ…。大学に行って、あと四年も学生で自由に出来るんだって。二年まで一緒だったのに、それで八つ当たりしてた」
「そういうのを理由にされても困る。あの詩画集はきちんと本に出来た、それで十分だよ」
我ながら、なんて酷い事を言ってるんだろう。でも、結花が途中で辞めた理由はたぶん違う。
「そうだよね…ごめん」
何かを言い淀む結花の手を引っ張って渡り廊下を歩く。
「クラスの喫茶店に結花の彼氏も来るんでしょ、早く戻ろう。女子高なんだから、他の女子に声掛けられるよ、彼氏。油断したら負け」
「マジか…ヤバい!早く戻ろう」
緊張感で溢れた空気が緩む。私の肩を軽く叩く結花の柔らかな指先が鬱陶しい。
「私も彼氏呼んだから紹介するね」
結花の表情が一瞬だけ強張って、私の肩を叩く指先がびくつく。その一瞬を誤魔化すように大袈裟に驚く。
「いつの間に!?ちょっと、詳しく聞かせて」
「塾でずっと一緒で志望校も同じなの。「文化祭良かったらどう?」って聞いたら「それってもしかして告白?」って聞かれたから「うん」って答えて付き合うことになったみたい」
「みたいって…。何、その急展開?」
「さあ、勢いと流れじゃない?恋愛なんて」
恋愛なんて、ほとんど何も知らないのに、背伸びして知ったかぶりをしてみた。
「そうだね。恋愛は勢いと流れか、なるほど。清美の彼氏も来るんだ、良かった…うん…」
急にトーンダウンした結花を見て、また私の心の毒の棘が復活した。
(彼氏でマウントを取りたかっただけ。マウントが取れなくて結花は落ち込んでる…。きっとそうに違いない…。その方が分かりやすい物語だから。全部、私の自意識過剰の勘違いだから。もう馴れ馴れしくじゃれつかないで)
「彼氏紹介し合おうよ、お互いに自己紹介~」
私は本当の想いは見ない振りをして卒業した。おどけて階段を一段飛ばしで駆け上がった。後ろから慌てて結花が付いてくる。
「彼氏を連呼しない、みんなこっち見てるよ」
振り返った時の結花の照れた表情は、詩画集のラスト1ページ、半分だけ髪の色塗りを放棄された、あの女神そっくりの美しさだった。
さよなら、私の幻の女神。
さよなら、思春期の錯覚。
(了)
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