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失くしたものが見つかる店があると聞いたぼくの感想は「その店、盗んだものを売りさばいているだけじゃないか」というものだった。
「レキくん、その発想は心が荒んでいるかも」
ロマンがないなぁ、とテーブルにぐってりしたのはクラスメイトにして唯一の友人である古石友花。おでこを出すヘアスタイルにこだわりを持っている女子中学生だ。
ちなみにぼくらが居るのは学校から程よく離れた場所にある喫茶店。カフェというよりも喫茶店と称したほうがしっくりくる内装の店で、学生のお財布には敷居が高いように感じるが、メニューに記載されている金額は非常にリーズナブルだ。経営に明るくないぼくですら利益率がどうなっているのか心配になるレベル。まあ、中学生に心配されても何の足しにもならないだろうが。
友花はココアにホイップクリームがのっけられた上にマシュマロが散らされ仕上げにチョコソースがかけられている、糖分摂取に特化した甘々なドリンクをうっとりした顔で飲んでいる。大層お気に入りらしく、すこぶる美味しそうに飲むのでぼくも気の迷いで注文したことがあるが、ひと口でギブアップした。暴力的な甘さが味蕾を襲い、甘過ぎてむしろ味がしないような錯覚に陥ったのだった。ちなみにこのメニューは甘さの段階が選択でき、ぼくが選んだのは一辛ならぬ一甘だった。更に補足すると友花が甘露のように飲んでいるのは最高レベルの十甘。血液まで甘くなりそうな代物だ。
「ぷはー。やっぱりこれだよこれ。このガツンとくる甘さがたまらないよね。家で再現しようとしてもむつかしいんだよー。キッチンがね、もうすごいことになんの。だからお店で飲むにかぎるね。あれ?うちら何の話してたんだっけ」
マスター特製のドリンクは心だけでなく脳まで溶かしてしまうらしい。
「昨今の世界情勢に関してだね」
「絶対違うし。そんな日曜朝のコメンテーター大集合的な討論してないし」
「ああ間違えた。年代別の金銭感覚についてだったね。まずは収入からだけど、毎月小遣いって何ユーロ貰ってる?インセンティブあり?」
「待って待って。どこから突っ込んでいいのか分かんないんだけど」
「分からないなりに突っ込んでくれないとぼくがひとりでスベったみたいになるから困るな」
「ひとりでスリップ事故ってよねー。巻き込まないでよねー」
「知ってるかい。運転免許取得のための自動車学校では『巻き込みよし』って確認事項があるらしいぜ」
「それ絶対レキくんが思ってるような意味じゃないからね。……じゃなくて!話を戻すけど」
「『はじめましてじゃないけれど話すのは初めてだね。きみ、座る席間違ってるよ』」
「戻しすぎ。巻き戻しすぎ。それレキくんと初めて話した時の会話じゃん。しかもわたしの恥ずかしい思い出じゃん。そうじゃなくてさ、さっきのお店の話」
んもー、と膨れっ面になる友花。そんな顔をすると幼い顔立ちに子供っぽさがプラスされてとてもじゃないが同い年には見えない。けれどそれを指摘するとまた話が脱線するので口にチャック。頷きだけで先を促した。
「友達から聞いた話なんだけどね。失くしたものが見つかるお店なんだって。同じ型番の商品とかじゃなくって、失くしたものそのものがあるんだって」
「眉唾だなぁ。実際に行った人いるの?」
そういう類いの話は得てして噂話、都市伝説の域を出ない。語り出しが「友達から聞いた~」なのもいかにもそれらしい。
「うん。辿っていったら見つかったよ」
見つけたのか。
この友人はどうも、探し当てるとか見つけ出すとか得意なようで、今回の件もソースを掴んできた後だったらしい。交遊関係が浅く狭いぼくとは真逆の性質だ。
「ええとね、途中経過は省くけど、行ったのは一学年上の先輩で、先輩に教えたのは家庭教師の先生だって」
「ふうん」
何人経由したかは知らないが、突き止めてしまう辺り行動力おばけだ。将来は警察とか探偵とか向いてるんじゃないだろうか。
「とゆーわけで、お店の場所も教えてもらったから一緒に行こー」
「やだー」
「この流れで断られるとは予想外だよ。せめてちょっと考えてから返事してよ」
「いやだってぼく、失くして困ってるものなんて無いぜ」
「ええー。あるよー。あるある。まず愛想でしょ、表情筋でしょ」
「それは失くしたんじゃない。元から備わっていないからな」
いやまあ表情筋はあるけれど。
「胸を張って言うことじゃないよ……」
頭を抱える友花。普通なら話の流れに乗るところだろうが、そうはいかない。興味が無いのであればきっぱりと断るのが礼儀であると思っているからだ。他人に誠実であることは難しいが自分に誠実になるのは大切だ。ノーと言える人間、それがぼくだ。
「よし、じゃあこれを飲んだら行こっか」
だが、相手もさるもの。ぼくの断りを聞かなかったことにして強引に舵を切る。流石はぼくの友人、一筋縄ではいかない。
ぼくはこれ以上拒否しても無駄であると悟り、話の間にすっかりぬるくなったコーヒーに口をつけた。
友花に先導されるままついていくこと一時間。ぼくらは完全に迷子になっていた。
「どーこーだー」
「緯度と経度なら答えられるけど」
「それ聞いて喜ぶのは地図作る人くらいだよ」
「きみが今居る場所こそがきみの居場所さ」
「どういうキャラ!?レキくんが壊れた!元からおかしかったけど!」
不毛なやりとり。友花が教えてもらったという店の場所は喫茶店から遠く、バスを使った。普段の行動範囲から外れて土地勘の無い町をうろうろする。
「近くまで来てるはずなんだよ」
手に持った紙片と周囲を交互に見る友花。紙片には簡略ながら地図が描かれていた。確かに近くまで来ているのだろうが、どうにもおかしい。ぐるぐると同じ場所を回っているような感覚だ。
「バターになるまでに辿り着ければいいけど」
「え?バター?」
「なんでもない。独り言」
さてさて、どうするか。
ぼくとしてはこのまま回れ右しても一向に構わないのだけれど、友花は納得しないだろう。後日あらためて挑戦する未来が容易に予想できる。ひとりでリトライしてくれるならどうぞご自由にと言うところだが、そうは問屋がおろさない。九割九分九厘の確率でぼくも同行させられる。乗りかかった船が泥舟になってしまう事態は避けたい。
物は試しというわけで。
「友花。ちょっとその地図貸してくれる?」
「うん?はい、どーぞ」
ぼくの申し出に友花は疑うことなく素直に紙片を差し出してくれる。それを受け取り、タイミングを待つ。
今だ!
「おっと手が滑った」
風が吹いた瞬間に合わせて紙片を飛ばす。軽くて薄くて小さな紙は思惑通りに風に乗って遥か彼方へと旅立っていく。
「この裏切者めー!」
ぽかぽかと友花が叩いてくる。
「手が滑ったんだよ。不可抗力さ」
「棒読み過ぎるよ!せめてもっとうまくやって!ああ、レキくんを信じたわたしが浅はかだったね」
「信じる者は救われる、とも言う」
ぼくは紙が飛んでいった方向に歩く。
「そっちはさっきも行ったよ」
「まあまあ、騙されたと思って」
「それは結構頻繁に思ってるけど」
言葉の矢が飛んできた。すんでのところで回避し、事なきを得る。
「え?あれ?え?」
「ここみたいだね」
角を曲がった先に、蔦の絡んだ煉瓦色の建物があった。前を通っていたら気がつかないはずがないのだけれど、いやはや不思議な事はあるものだ。
「ぼくは今、不可抗力にも地図を失くしてしまったからね」
店の客としての条件を満たしたのだろう。
「いつまでも突っ立ってては仕方ないから入ろうぜ」
「えー。こんな裏技みたいなコマンド必要だったんだね」
磨り硝子のドアを押し開けて店内へ。外観から想像していたよりも広い。広いが棚やテーブルが動線を無視して配置されているせいでごちゃついている。不安定な形の花瓶、ペンダントやイヤリングなどの装飾品、何も映さない曇った鏡、人間が伸びをしているような帽子掛けに古びた旅行鞄等々……列挙していったらキリがない程多種多様なものが乱雑に置いてある。
「すごいね。ここホントにお店かな。どれにも値札付いてないし、陳列がテキトーだし」
「お店じゃなかったらぼくらは勝手に余所様に不法侵入したことになるね。制服を着てくるんじゃなかったな」
入口からなかなか進めないでいると、奥から人が出てきた。二十代くらいだろうか。険のある顔立ちの青年はぼくらを見るなり眉間に皺を寄せる。
「帰れ」
有無を言わさぬ態度だ。
「あの、こちらはお店ですか?」
けれども実際に口を塞がれた訳ではないので質問する。出口はすぐ後ろにあるので退路は確保できている。
「店っちゃ店だがお前らみたいなのが来る所じゃねえよ。帰った帰った」
犬猫を追い払うような仕草で手を払う。
「あの、ここのお店って、失くしたものが見つかるって聞いてきたんですけど」
友花もぼくの後ろから顔を出して訊く。青年はくしゃくしゃと髪を掻き、舌打ちする。お世辞にも良い接客態度とは言えない。ぼくらも良い客ではないだろうからおあいこである。
「どっから聞いてきたんだそんな話。まあ、嘘はつけねえからな。その通り。ここはそういう店だ。失くしたものがある――誰かの失くしたものしか置いていない店だよ」
嫌々ながらも説明してくれた。いや、嘘はつけないと言っていたから入店者に対して説明義務があるのかもしれない。
「あの、ぼくさっき地図を失くしたんですけど」
「ああ、これだろ?」
青年はどこからか小さな紙片を取り出した。
「抜け道みてえなことしやがって。最近の子供は悪知恵が働くんだな。でもいらねえだろこれ」
「返してくれないんですか。お金取るんですか」
だとしたらかなり悪どい商売をしている。
「金?んなもん取るわけねえだろ。この店のルールでな。物々交換だ。この紙切れが欲しいってんなら代わりに要らないものを置いていけ」
「要らないものでいいんですか?」
予想外だった。対価を要求されるとしたら自分にとって大切なものを差し出せと言われるに違いないと思っていたが、まさか不要品を求められるとは。
これには友花もびっくりしたようで、ぼくの腕を掴みながら再度口を挟む。
「要らないものならなんでもいいんですか?」
「ああ、いいぜ。なんなら今手元になくてもいい」
にわかには信じられない好条件だ。どういうつもりなのだろう。
「なんだ。信用してないって顔だな。なんでもいいんだぜ」
「うまい話には裏があるって言いますし。後から色々と請求してきません?」
「失礼な奴だなお前」
「じゃあ、ぼくの自宅のガレージにある冷蔵庫を。処分に困ってたんです」
「マジかお前。粗大ゴミ押し付けてきやがった」
「駄目ですか?」
「いいけどな。じゃあ、交渉成立ってことで。ほらよ」
青年はぼくの手に紙片を押し付けてそのまま友花とまとめて店の外に押し出した。
「じゃあな、もう来んなよ」
そう言って、扉を閉めた。
なにがなんだか分からない内に閉め出されたぼくたちは顔を見合わせ、とりあえず帰ることにした。
帰宅後、何はともあれガレージへと向かったぼくはこれまでの人生で五指に入る驚きに見舞われた。
「なくなってる……」
ガレージの隅に鎮座していた冷蔵庫が無くなっていた。確かに今日、登校する前にはあったはず。
「神業だな」
まさか留守宅に侵入して運び去っていった訳はないから、人智を越えた力に依るものだと認めざるを得ない。実在する都市伝説だったとは、世の中不思議はあるものだ。
友花に電話で結果を知らせると飛び上がって驚いていた。実際にこの目で確かめていないけれど、電話口から驚愕が伝わってきた。
「すごいよすごいねすごいってば!信じられないくらいびっくりだよ!」
「ぼくも驚いたよ。まさか本当に無くなってるだなんて」
「レキくんが全然驚いてないのにびっくりなんだけど!テンションどうしたのさ」
「いや驚いてるよ。あの人ただ態度が悪い店員じゃなかった」
「ねえ、明日もう一回行ってみようよ!」
「いや、やめておこう。こういうのは一度きりがセオリーだろ」
なんだかんだと暫く話して通話を終える。冷蔵庫が無くなったガレージはがらんとして、広く感じる。静かな空間でぼくはひとり思考を巡らせる。友花の友達から辿った先輩とやらはいったい何を失って、何を対価として差し出したのだろうか。自分にとって大切なものが他人にとっても大切だとは限らない。同じように自分にとって不要なものが何であるのか他人には窺い知ることはできないのだから。
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