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    7  終点が近づくにつれ、三嶋は予感を強めていった。それは掛川とて同じだとも分かっていた。鼠一匹逃すまいとする()()(さい)穿(うが)つ捜索は、その中ほどから既に形式的なものになっていた。  果たして、最後に一階の炊事場に至り、最後の抽斗(ひきだし)までひっくり返したところで、明らかになったのは此処に他の人間はいないという事実のみだった。  三嶋と掛川は、互いに手が届かない絶妙な距離感を保っていた。どちらからともなく、いやにわざとらしい、渇いた笑い声が洩れた。 「ふっふっふ、恐れ入ったよ。私が珈琲を淹れに行ったあの短時間で、よくも仕事を遂行できたものだ」 「はっはっは、こっちの台詞(せりふ)だぜ、凄まじい早業(はやわざ)だな。器用な奴だ」 「面白い、実に面白いよ。マザーグースという道具立てこそ欠けていたが、クリスチーの『そして誰もいなくなった』のオマージュかい。あの微笑ましい終盤の一幕を自ら演じることになろうとは」  掛川は一歩、退いた。 「ああ、そこだ――そういうところだよ。俺は前々から、そうやってお前がいちいち変な気取り方をするところが鼻持ちならなかったんだ。シャーロック・ホームズをシャアロック・ホルムスと云ったり、クリスティーをクリスチーと云ったりな!」  三嶋は一歩、詰め寄った。 「何だい、その突っかかり方は! 通はクリスチーと呼ぶのだよ、君はマニアを自称するには情熱が足りないと思っていたのだ……例えばクロフツの『樽』を読まないのに『黒いトランク』について語ったりだな! そういう横着が多々あるじゃないか!」  退く掛川。 「鮎川哲也は『樽』を意識しないで『黒いトランク』を書いたんだ! あの類似は後から外野(がいや)があれこれ云ったに過ぎないんだよ――ああ、鮎川と云えば、お前は『りら荘』をわざわざライラック荘なんて云っていたっけな! そんな気取り方があるか! ホルムスだのクリスチーだの、通がそんな呼び方するもんか!」  詰め寄る三嶋。 「呼ぶのだよ、ホルムスと! 昔の作家はこう読んでいたからね――古風で洒落ているじゃないか! ワトスンをワトソンなんて云ってる下品な輩には理解できまい!」
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