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「ワトソンと呼ぶことのどこが下品なんだ! 馬鹿じゃないのか! 上っ面ばかり格好付けやがって――その姿勢が何よりミステリを侮辱している!」
「ええい!」
掛川は壁に掛かっていた包丁を手に取り、三嶋に向かって勢い良く突き出した――が、三嶋はそれを間一髪かわすと、そうしながら背中のベルトに挟んでいた鎌を取り出して素早くカバーを取り去り、眼下にあった掛川の頭部目掛けて振り下ろした。
ざくんっ――鎌は呆気なく、しかし深く掛川の脳天に突き立った。掛川は狂ったような奇声を発しながら床に倒れ伏した。全身がバタバタと痙攣し、鎌の刺さった隙間からピューピューと血が噴き出した。
「はは、はははは……」
間もなく掛川が絶命するまで、三嶋はそれをジッと見下ろしていた。
「ざまぁみやがれ……変態野郎が、殺されて当然だ……」
三嶋は死体に背を向けた。フラフラと覚束ない足取りで、リビングへと向かった。とにかく椅子に座って……残りの珈琲を飲みながら……煙草を吸おう……こういうときに吸う煙草は、きっと格別に美味いはずだ……なにせ、一仕事した後だからな…………。
「どいつもこいつも……手間取らせやがって……俺を誰だと思ってやがる……まったく、腹立たしい連中だったぜ……」
廊下を曲がった。正面には玄関扉が見えていた。その錠が、カチリ……と控えめな音を立てて、開いた。
「…………ああ?」
続いて扉が、開いた。
「……………………」
其処には、あの熊が立っていた。全身、返り血で赤黒く染まった熊が、人間のように二本足で立っていた。おまけに、猟銃を構えていた。
硬直してしまった三嶋の方へと、熊はのそりのそりと、歩いてくる。銃口がこちらに向いて、構えられる。
三嶋は熊の二つの目を見ていた。その目の奥に、それぞれ、もうひとつの目があることが分かった。三嶋はその意味を理解した。この家の住人であれば鍵を持っているのは当然だし、自由に出入りできたのだ。長泉を殺した吹き矢だって、すぐ目の前から吹いたのだ。まずは外から、中にいる人間を殺して、仲間割れを起こさせて、そうして…………。
銃声が響くと同時に、三嶋の顔面はグチャグチャに破裂した。すべては無に閉ざされた。
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