004.あなたへ(2022.6.4 お題「手」)

1/1
前へ
/6ページ
次へ

004.あなたへ(2022.6.4 お題「手」)

 文字を書いたら小指の側面が汚れるのが苦手だった。定規をあてていてもまっすぐに書くことができず、まるでわたしは佳くない人間だと言われているみたいで、すこし悲しくなった。  正しい字が書けるあなたはいつも違う便せんを使っていて、いったいどこで見つけてくるのだろうと不思議だったけれど、出かけるたびに文具コーナーを眺めていたらしい。 「もうすぐ紫陽花が咲きますね」  紫陽花が淡く描かれている便せんに触れようとして、ふと、その指先がとまる。 「今度、ふたりで見にいきましょう」  そう言うと、あなたは無地の便せんを選んだ。もう書かなくてもいいのに、それでもあなたはわたしに便りをくれる。  切手の裏の、糊の味を忘れかけていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加