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Chapter 9
数日後、晴義は苛立った足取りでエリの部屋に向かった。必要以上に強くドアをノックし、出てきたエリをじろりと睨む。
「お前、言うことあるだろう」
「え、なに?」
目を丸くして「なんだろう」と首を傾げる男を晴義は呆れた顔で見据えた。
フェアの日、ブースに戻ってフランスの仕事を断った。画廊との契約も解除すると告げ、ケンジとかなり言い争ったが、最終的に承諾された。
同時に、予想外の問題を突きつけられた。
エリと画廊の間にあった契約期間は五年。その間にエリから契約を解除した場合、画廊がこれまで彼に費やした宣伝費やもろもろの費用を違約金として請求するという条件があった。
当然というか、やはりというか、エリは全くそれを覚えていなかった。
これから天才として売り出そうとしていた画家への投資額は相当なもので、一気に払えるわけがなかった。どうにか交渉できないか、何日も必死に策を練っていたが、いい案が思いつかず、苛立ちが増していた時。
「伯母からさっき電話があった。違約金をお前が全額払ったって」
「あ、うん、払った」
なんでもないようにさらっと頷かれ、晴義は脱力した。
「そういうことは早く言え、早く……」
この数日間の悩みを返せ、と内心毒づく。
「だって、あれからほとんど会ってくれなかったじゃん」
ふてくされたようにエリが唇を尖らす。
「それでも電話とかメールとか……いや、俺が悪いのか」
言いかけて思い直した。
正直、金額を見て焦った。自分で言い出したのだからエリを頼ることはできないと思っていたのも事実だ。
「お前がそんなに持ってるとは思わなかった。絵を売り出してまだ一年だろう?」
晴義はベッドに腰かけて疑問を口にした。
「うん。でもコンクールの賞金があったから。高いやつばっかり狙って貯めてたんだ。いつか資金になると思って」
「高いやつばっかりって……」
にっこりと笑うエリを見て、驚きと呆れと感心が同時に湧いた。そして反省も。
二人でと言いながら、どこか自分一人で全てを背負わなければと思っていたのかもしれない。それが間違っていた。これからはエリを頼って相談することも必要だと胸に刻む。
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