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Chapter 1
「君の絵はとても綺麗だよ」
教授は観覧車のアクリル画を眺め、何度も頷きそう言った。優しくも、どこか憐れんでいるような笑みを浮かべて。
「この抽象的な背景がいいね。色の配合も、構図も、観覧車の描写も、非の打ちどころがない。完璧だよ」
だけど芸術作品としては何かが足りない。
それは晴義も分かっていた。
ニューヨークの美術商と結婚した伯母に十歳の時に引き取られて以来、多くの芸術作品を見てきた。
その全てにあって晴義の絵にはないもの。
それはいくら技術を磨いても、色や構図のバランスを極めても、アメリカで一流と言われるシカゴの芸術大学で三年学んでも、未だ掴めずにいた。形のないその「何か」はいつも霧のように指の間をすり抜けていく。
「とても綺麗、か」
大学のロビーに下りるエレベーターの中で晴義は苦々しく呟いた。
これが自分の限界なのだろうか。
いい加減、画家を夢見るのはやめて他の美術関係の仕事を探すべきか。それか伯母に勧められた学芸員を目指して大学院に行くか。
どちらも気が進まないが、あと一ヵ月足らずで秋学期が始まる。晴義にとっては最後の一年だ。
悶々とそんなことを考えながらエントランスの展示スペースを横切ろうとした時。思わず足を止めた。
多くの作品が並ぶ中、ひときわ目を引く油絵が設置されているところだった。
初めて見る絵だ。だけど誰が描いたのかはすぐに分かった。写真の中ではなく、彼の実物の作品を見るのは七年ぶりだ。
「これ……なんでここに?」
設置に関わっていた知り合いに声をかけると、彼は感心したように作品を見た。
「新入生の作品だってさ。入学前から展示してもらえるなんて、とんだ大物じゃん」
「入学? エリ……エリアスがここに?」
驚いて聞き返した。
「なんだ、知ってんのか? って、ごめん、まだ作業あるから、またあとで」
彼は慌ただしく持ち場に戻った。
知ってるも何も、エリはニューヨークにいた頃の幼馴染みだ。七年前にロサンゼルスに引っ越したが、その後の活躍はネットやアート雑誌で度々目にしてきた。有名コンクールで何度も優勝し、熟練の画家でもなかなか開いてもらえない個展までやっている。
今や美術界で注目されている若き天才だ。
「この作品、どう思う?」
低く柔らかい声に話しかけられる。だけど晴義は振り向くこともできないぐらい作品に夢中だった。
「さすが色使いの天才と言われるだけある。こんな絵を描ける人なんて他にいない」
深いインディゴに埋め尽くされた大きなキャンバスには閃光のような赤い線が走り、眩しいほどの色を放っている。
多くの色は見えない。だけど多くの色を感じる。大胆そうで繊細。暗くても、どこか明るい。この絶妙な色使いはエリにしかなせないわざだ。
「綺麗」だとか「完璧」だとか。そんなひとことで片づけられるようなものではない。
人を引き寄せ、釘づけにし、心を搔き乱す力がある。まるで見ているこちらの感情を引きずり出していくようだ。
切望。葛藤。貪欲さ。そして――
「迷い」
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