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「え……?」
隣の男が驚いたような声をこぼした。
晴義は眉をひそめ、唇に軽く歯を立てる。
「すごい迫力だけど、勢いで隠そうとしてる。最近の作品は特にそうだ。何か……」
苦しんでいる。
ふと昔の記憶がよみがえった。不安げに晴義を見上げて手を伸ばしてくるエリの姿。昼下がりの暖かい太陽のような黄金色の髪をした三歳年下の天才。
クスッと笑う気配に引き戻され、ようやく隣に立つ長身の男に目を向けた。てっきり授業で知り合った学生かと思っていたが、嬉しそうに微笑んでいる顔には見覚えがない。
見覚えはないけど、どこかで……。
「僕の作品を一番理解してくれるのはやっぱりハルだね」
その言葉の衝撃に晴義は目を見張った。
「え……まさか……エリ?」
男は笑みを深めて頷いた。
――嘘だろう。これが、あのエリ……?
最後に会ったのは晴義が十五歳で、エリが十二の時だ。あの小さかった子供と、この見上げるほど背の高い男が全く結びつかない。
丸みのあった頬はやつれて見えるほど引き締まり、男らしさをかもし出している。威圧感を覚えないのは目元に残っている甘さのお陰だろう。澄んだ蒼い瞳は柔らかく、ファッションモデルにでもなれそうな顔だ。
「お前……」
「会いたかったよ、ハル!」
いきなり抱きつかれて言葉が途切れた。
「ちょっ、急に、なに……ッ」
幅広い肩と逞しい腕の中にすっぽり包み込まれてたじろぐ。
「ずっと、ずっと会いたかった。七年ぶりだね。こんなに小さくなってたなんて」
軽快に笑うエリを必死に押し返そうとするがびくともしない。
日本人としては平均以上の身長だ。欧米人に比べれば背が低いし線も細いが、だからといって小さくなったはないだろう。
「お前がッ……デカくなりすぎなんだよ。ていうか離せ!」
「嫌だ。夢かもしれない」
「はぁ?」
どういう理屈だ、とポロシャツをぎゅっと握りしめる男を怒鳴りそうになったが、静かな展示スペースで騒いでいるせいで周りからすでに視線を集めていた。
「ヨッシー?」
さっきの知り合いも不思議そうにこちらを見ている。
なんでもない、と首を振り、エリのヨレヨレのTシャツを思い切り引っ張った。
「離さないと口きいてやんないぞ」
子供の頃の脅し文句が効くかどうかは半信半疑だったが、エリは途端に体を強張らせて渋々引き下がった。
「……お前、全然変わってないな」
呆れて言ったつもりが、何をどう勘違いしたのか、エリは破顔して自身の左目の下を示した。
「僕もハルのことはすぐに分かったよ。ここのホクロとか、考えごとする時に唇噛む癖とかも変わってないし」
そんなことまで覚えていたとは。こっちは言われるまで誰なのか分からなかったのに。
「てか、意味が違うけど」
「え、何が?」
「……なんでもない」
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