360人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
エリは目を見張り、咄嗟に手を伸ばそうとしたが、その動きを止めた。
「……え……これ、夢?」
「夢じゃないし、嘘でもない。俺は画家になるよりお前を支えていきたい」
何をするべきなのかは分かっている。
もうためらうことはない。
「俺を信じるか、エリ?」
「信じてるに決まってるよ」
「言っとくけど、フランス行きはなしだぞ。お前に合わない依頼も受けない」
「え、でも……」
前に言われたことを思い出して、晴義は目を細めて笑った。
「俺の全部が欲しいんだろう? 友達として、恋人として。仕事のパートナーとしては? そういう意味で、俺を信じるか?」
エリはゆっくりと瞬いた。
「それって……ハルが僕の……」
「専属の個人ディーラーになる」
迷いなく言い切った。
画廊を構えず、一人で画家を売り出すのは生半可なことではない。なんの経験もコネもないとなれば無謀としか言いようがない。
だけどエリを守るにはこれしかない。
画廊のためでもコレクターのためでもなく、エリただ一人のために。
「もちろん、お前さえ――」
よければ、と言い終わる前に、ものすごい勢いで抱きしめられた。
「うん。うんッ、やろう! 二人でッ」
弾んだ涙声に安堵と愛しさが込み上げ、震える背中に腕を回した。
「泣くな、バカ」
広い肩に顎を乗せ、やれやれと息をつく。
肩越しに観覧車が見えた。ゆっくりと回り続ける赤いキャビン。
もう堂々巡りはしない。
守ってみせる。支えてみせる。
一途で心優しいこの男を。
そうすることで、他の全てを失うかもしれない。それでも、今度こそ前に進む。
最初のコメントを投稿しよう!