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Epilogue
秋も深まりはじめたある日、晴義は渡されていた合鍵でエリの部屋に入った。もう少ししたら授業から帰ってくる頃だ。
両手に抱えてきたものを部屋の中に運び、エリのイーゼルの横に並べた。
再会した日にクローゼットの奥にしまいこんだ自分のイーゼルだ。
そこに一枚の絵を乗せる。
それは、エリが好きだと言ってくれたあの絵と似ているようで、少し違う。
夏の終わりの、透き通るような夕方の光が降り注ぐ部屋。二人の子供の姿がある。逆光で影になった二人は絵を描きながら手を繋いでいる。左利きの子は右手で、右利きの子は左手で。その繋がった影が床に伸びる。
ただそれだけの、素朴で、芸術性を一切求めない絵だ。
だけどそれでいい。
ドアが開く音が聞こえて、晴義は玄関に向った。
「あれ、ハルきてたの?」
「ああ。おかえり」
恋人の腕に包まれ、伝わってくる喜びと込み上げてくる幸せに心が満たされる。
間違っていない。
これから描くのは、エリただ一人だけのための絵だ。彼の支えになるような、二人を繋ぐ絆になるような、そんな絵を晴義は描き続ける。
それが、エリがあの日知りたがっていた、そして自分がずっと探し求めていた、唯一無二の答えだ。
「なぁ、エリ」
晴義は愛しい男を見上げて微笑む。
「見てほしいものがあるんだ」
完
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