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晴義は手招きして隣に座るエリの頭にポンと手を乗せた。
「この間言った『空回り』は撤回するよ。助かった。お陰で話は円満に進んだし、大学院もこのまま行かせてもらえることになった」
「ホント! よかった」
エリは嬉しそうに破顔し、もっと褒めてと言わんばかりに頭を押しつけてきた。笑って髪を撫でてやりながら、伯母との会話を思い返す。
縁を切られる覚悟をしていた。
今までの恩を仇で返すようなことをしたのだから当然だ。
ただ、ケンカを売りたかったわけではない。自分が一番理解しているエリを他の誰かに任せておきたくなかっただけだ。
だから今後も画廊とは懇意にしていきたいと思っていた。それを違約金の段階的な支払いの交渉には使いたくなかったが、それしかないと思った矢先にエリが全て払ったと知り、驚きながらもホッとした。
そして縁を切られるどころか、伯母は進学の支援まで約束してくれた。
『懇意にしてくれるなら、こちらとしても投資みたいなものよ。今のうちに知識と専門性を身につけなさい』
いつも淡々と話す伯母は『それに』と珍しく湿った声で続けた。
『妹の……あなたの両親の二の舞にはなってほしくない。家族なんだから』
いつもどこか部外者のように感じていた自分にそう言ってくれたことが嬉しかった。
『ありがとう。迷惑かけて、ごめんなさい』
『迷惑だなんて。でも驚いた。あなたのことだから軽い気持ちで決めたんじゃないと思うけど、本当に大丈夫なの? ケンジは商売好きだからいいけど、あなたは……』
『大丈夫』
ディーラーにはディーラーの才能が求められる。そのことを言っているのだろう。
それがあるのかないのか、まだ分からないが、正直どちらでもいい。
芸術の才能も、大勢の人の心に触れる才能も自分にはない。持っているのはエリただ一人を支えるための才能。それで充分だ。それ以上に大切なものも、望むものもない。
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