大根役者

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会社に着く。 夫が仕事していた社長室に入る。 遊びに来たことはあるが、夫がここで何をしていたのか、どんな仕事をしていたのか、まるで見当がつかない。 岡田副社長が、現在の会社の状況を細々と報告してくれたが、ほぼ理解不能。 「要するに?」 と質問する。 「要するに・・・まあ、営業成績は順調に伸びております。」 「ありがとう。副社長の実力ね。」 「あ…いえ…社員が一丸となって頑張った結果です。」 「素晴らしい。社員が一丸となって頑張れる組織を育て上げた副社長の努力には心から敬意を表します。」 「社長。ありがとうございます。」 「ところで。岡田。あなたが今、一番、心配なことは何?」 「心配なこと。差し当たっては、11時から始まる新社長就任のご挨拶。」 「そうでしょうね。会社で用意してくれた挨拶文は?」 「こちらでございます。」 「では、これを参考に挨拶文をまとめますので、あなたは席を外して下さい。それから、この会社で一番、若い社員と、一番、仕事のできない社員を、今すぐここへ連れて来て。今すぐよ。2分以内に。」 「かしこまりました。」 間もなく。 「失礼致します」 「失礼しま~ぁ」 女子高生にしか見えない若い女性社員と、同じく男子高校生にしか見えない若い男性社員が入ってきた。 どっちが仕事ができない社員だろう。 パッと見では判断できない。 「あなたたちに質問があります。どうして、あなたたちはここへ来ましたか?誰に何と説明されて、ここへ来たのですか?」 女性社員はポカーンとして答えた。 「新社長が君をお呼びだ・・・って係長に言われて」 男性社員はニコニコして答えた。 「あ・・・僕も同じです」 「会社の仕事は楽しいですか?」 女性社員は少し考えて答えた。 「はい。みなさん、親切に教えて下さいます」 男性社員はニコニコして答えた。 「あ・・・僕もそう思います」 「会社に何か望むことはありますか?」 女性社員は眉をしかめて答えた。 「特にありません」 男性社員はニコニコして答えた。 「僕、社長秘書になりたいです」 「わかりました。考えておきましょう。では、持ち場に戻って、お仕事頑張って下さい。ありがとう。」 昨日、大根はアドバイスしてくれた。 「毎日ランダムで社員を二人ずつ社長室に呼び出すんだ。そして、何でもいいから質問してみる。それだけでいい。それだけで、仕事に緊張感が生まれる。社員と親しくなれる。」 なるほど。 今朝の二人とほんの数分、会話を交わしただけで、何となく意義深いものを感じた。 さて。 会社が用意してくれた新社長就任挨拶の原稿に目を通す。 ありきたり。 無難。 読みながら眠りそうになる。 大根が奉書紙に筆字で書いた挨拶文を開いてみる。 ご挨拶 新しい社長になったので、新しい社訓を掲げます。今から新しい社訓を読み上げますので、私が読み上げて、右手を上げたら、皆さんは私に続き声を発して下さい。では、覚悟はよろしいでしょうか。覚悟ができた方は大きな声で『はい!』と返事して下さい。もう一度、伺います。覚悟はよろしいでしょうか?[右手] (はい! を確認) 声が小さい。声は心を現しています。小さな声は小さな心。しっかり覚悟ができたなら、しっかり返事をなさい。もう一度、伺います。皆さん、覚悟はよろしいでしょうか?[右手] (はい! を確認) では、社訓を読み上げます。 一つ。大根の根性。[右手] 大きな根性と書いて大根と読む。[右手] 私たちは地球に真っ直ぐ根を下ろし、全人類の平和のために働きます。[右手] 二つ。大根の白さ。[右手] 私たちは清廉潔白な志しを忘れず、正々堂々と働きます。[右手] 三つ。大根の辛抱。[右手] 私たちは日の目を見ず誰に知られる事もなく、暗い地中で太く真っ直ぐに成長する大根の辛抱に学びます。[右手] これが新しい我が社の社訓であります。 大根の精神を大切に、激動の令和日本を力強く警備して参りましょう。 以上 うむ。 コレはインパクトがあり、わかりやすくて良い。 さすがは大根だ。 この社訓は、本格的な書道家に書いてもらい表具して社長室に飾っておこう。 
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