大根役者

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壇上に掲げられた『大根』の文字は、威厳に満ちて神々しく光り輝いていた。 7478d6d9-0b8d-488f-87dd-19b471be9ed8 「このの二文字をご覧下さい。」 私は、会場のどよめきが鎮まるまで、社員たちに心ゆくまで『大根』を味わってもらう。 社員たちの感動とも驚愕とも言えぬ興奮は、そう簡単に収まらなかった。 目には見えない霊的な力が働いているのか、体育館全体にビリビリした電撃が渦巻き社員たちの神経を震撼とさせた。 ややあって、突如、すべてが凍り付いたような静寂が訪れる。 その厳粛なる無音を破り、私は吟ずるように朗々と語り始めた。 「今から新しい社訓を読み上げます。私が読み上げて、右手を上げたら、皆さんは私に続き声を発して下さい。覚悟ができた方は大きな声で『はい!』と返事して下さい。覚悟はよろしいでしょうか?」 私が右手を上げると社員は緊張しながら 『はい』 と答える。 「声が小さい!声は心を現しています。小さな声は小さな心。しっかり覚悟ができたなら、しっかり返事をしなさい。もう一度、伺います。皆さん、覚悟はよろしいでしょうか?」 右手を上げる。 『はい!』 大きな声が、返って来る。 「では、社訓を読み上げます。」 そこで一度、会場の社員全員の瞳を鋭く見渡す。 私は気合いを入れて、大きな声で唱えた。 「一つ。大根の根性。大きな根性と書いて大根と読む。」 一同、声高らかに復唱する。 「私たちは地球に真っ直ぐ根を下ろし、全人類の平和のために働きます。」 復唱 「二つ。大根の白さ。私たちは清廉潔白な志しを忘れず、正々堂々と働きます。」 復唱 「三つ。大根の辛抱。私たちは日の目を見ず誰に知られる事もなく、暗い地中で太く真っ直ぐに成長する大根の辛抱に学びます。」 復唱、多少乱れる。 「気合いを入れて復唱しなさい。もう一度、唱えます。三つ。大根の辛抱。私たちは日の目を見ず誰に知られる事もなく、暗い地中で太く真っ直ぐに成長する大根の辛抱に学びます。」 乱れることなく復唱される。 「これが新しい我が社の社訓であります。大根の精神を大切に、激動の令和日本を力強く警備して参りましょう。以上で挨拶を終わります。」 41a6cdd1-a34b-4d63-9323-6e9e41668768 (有)ユウ氏の書 先ほど、社長室に来たニコニコした男子高校生のような『失礼しま〜ぁ』が、花束を持って現れた。 「新社長、ご就任おめでとうございます」 大きな声で、そう言って私に歩み寄り、花束を手渡す瞬間には、小さな声でこう言った。 「社長秘書の件、よろしくお願いします。」 無事、就任式を終え、岡田副社長と社屋へ戻る。 「社長。素晴らしい大根の訓示をありがとうございます。感動致しました。」 「ありがとう。岡田の挨拶もスマートで感心しました。さすが、叩き上げのビジネスマンです。無駄がない。簡潔で要点がまとまっていました。」 「お褒めの言葉。正直、嬉しいです。この年になりますと、人を褒めても、人から褒められることは滅多にありません。」 「そんなものですか。ところで、今まで社長秘書はいましたか?」 「先代の社長は、秘書などいらんと申しまして、私が必要に応じ秘書的な仕事をさせていただいておりました。」 「あの花束をくれた若い社員が、社長秘書を希望しているようですが、彼の仕事ぶりはどうなのでしょう?」 「あの子は定時制高校に通いながら日中はボディーガードの訓練を受けている、一番若い社員です。確かまだ17歳です。」 「そうですか。定時制高校に通いながら?!家庭の事情でしょうか?」 「いえ。本人の意思です。二年前。ボディーガードを募集した際に、中学生ながら応募してきたのです。若いけれども、その志しの強さに面接官一同、感心して、定時制高校に通うことを前提として採用した次第です。」 「そうですか。それでは今すぐ彼を秘書にする事は難しいですね。」 「いえ。社長がお望みでしたら。社長秘書としてボディーガードの実践力を身につけることは本人にとって最良の仕事とも言えます。ただし、どこまで秘書としての役目をこなせるか。まだ17歳ですから…」 「では、今すぐ彼をここへ。少し話してみます。」 「失礼しま〜ぁ」 間もなく、その17歳がやって来た。
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