大根役者

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まだ少年の純粋な瞳を持つ17歳は、イマドキの子どもらしくヒョロヒョロと背が高くアイドル並みの甘いマスクをしている。 「君、名前は?」 「卯都木(うつぎ)涼介で〜す」 https://estar.jp/users/196462005 「なぜ社長秘書になりたいの?」 「社長に一目惚れしましたぁははは」 「本当の理由は?」 「本当に一目惚れですぅふふふ」 「秘書の仕事で一番大切な仕事は何でしょう?涼介君の正直な考えを聞かせて。大人の常識は考慮しなくていいから。」 「一番はボディーガード。二番は下僕。三番は秘密の恋人。ですかね?!」 「下僕って何をするの?」 「何でもッス。新発売の商品リサーチ。憂さ晴らしのお相手。にらめっこ。社長と組んでお笑い芸人。あ、社訓にボイパ付けるとか。砂浜をどこまでもかけっこするとか、もちろんホノルルマラソンに出場するならサポートしま〜ぁ。砂漠ラリーに参戦するならコドラやりま〜ぁ。もち、大人常識なお茶出しお使い荷物持ち。スパイ。スケジュール管理はおまかせ〜」 「ほほぅ。じゃ、試しに社訓にボイパをお願いするわ」 「OKッス。」 涼介は、ズボンのポケットから小さなマイクとスピーカーを取り出し、応接セットのテーブルにスピーカーを配置した。 「♫ツクツクひっつくハッツクへーこく! これが基本のリズムになりますから僕が2回これ繰り返したら社長は、一つ、大根の、根性!とリズムに乗せてラップ調に重ねます。その後、もう一度♫ツクツクひっつくハッツクへーこく!と僕だけで1回やりますから、次に、また社長はラップで、大きな、根性、と書いて!へーこく。大根、と読む、ハッツクへーこく!こんなイメージで〜ぅぷぷぷ」 「なるほど。理解したわ。簡単そう。やってみましょ!」 こんな調子で、涼介はブッ飛んでいる。 面白い。 ボイパ付けてラップで社訓、混成四部合唱で社訓、オペラ、ヘビメタ、何でもいけそうだ。 「新製品のリサーチ。ではさっそく明日までの宿題を出します。会社や社長室で使えるモノ、あるいは私個人が使ったり身につけることでカッコいいと思うモノの詳細なデータを明日までに最低100個リストアップして下さい。」 「了解で〜ぁ詳細って、メーカー在庫数とか確認必要ッスか?」 「メーカーになくてもオークションで手に入るとか、どこかで売ってるなら無担保で仮押さえするか、涼介に考えつく限りの手段も大切なデータよ。」 「な〜る。僕の能力が社長のデータになる!めちゃ嬉しいッス。えっ、てか、僕、秘書採用決定ッスか?」 「いえ。コレは軽い試験よ。後ね。明日の朝、運転手の佐川が私を迎えに来る時、涼介も助手席に乗っていらっしゃい。そして、会社に着くまでの間に、社長の『希望的スケジュール』を伝えなさい。希望的スケジュールってのはね。会社の繁栄のために、その日1日で、社長ができる最大で最良のスケジュールよ。そのスケジュールを作るために涼介が今日のうちに成すべきことは何だかわかる?」 「すべての部署を回り、より多くの社員から要望や不満を聞き出し幹部の皆さんに報告連絡相談ホーレンソーで知恵をお借りしてスケジュールを組むみたいなイメージですかね?」 「ま、三分の一は、当たってる。だけど、それだけじゃ会社は繁栄できない。会社内の情報は三分の一。国内外の社会情勢の波に乗り先々を見通して先手を打つことが企業として成長するための基本的戦略よ。つまり、知り得た情報を元に、明日の我が社に足りないもの、連携しておくべき企業、そのための具体的手法までが希望的スケジュール。これで三分のニ。」 「ほぇ〜ふふふ。やりがいありまくりッスね。で、残り三分の一はぁははは、まさか?!」 「まさか?!涼介の予想を正直に話してごらんなさい。」 「地球の中だけの情報じゃダメ。これからは宇宙空間でこそ警備が必要な時代!でしょうか?」 「あっはははは!確かに。それは素晴らしい提案。涼介、見どころあるわよ。近い将来、宇宙ステーションの警備を落札できるよう活動範囲を宇宙まで想定したボディーガード訓練は準備すべき時が来ているわね。その提案は、この場で採用します。けれど、私が考える残り三分の一は、全く違うこと。コレは宿題にしておきましょう。明日までの宿題がたくさんあるので、コレは一か月後までの宿題とします。」 「ありがとうございま〜ぁ。社長、それでは早速、行動開始してもよろしいでしょうか?」 「まだまだ。もうお昼だから。一緒に昼ごはん、付き合いなさい。」 「あ、そうッスね!もう12時か。」 「見学がてら会社の食堂へ行きましょう。あ、その前に変装するわ。」 私は女性社員の制服を着て、髪をキリリとまとめ、濃いめメークに丸っこい眼鏡をかける。 「どうかしら?まだ私ってことバレそう?」 涼介はマジマジと見て言った。 「なんッスか、その、オーラ出まくってるんッスよ。どうすれば良いかなぁ〜ぁそうだ!暗い表情ッス。メーク落としてすっぴんで、暗〜い表情に猫背で腰痛持ち疲労度200%カレシいない暦イコール年齢オレオレ詐欺に騙された両親の借金返済と介護に明け暮れる日々的なイメージであれば、誰も社長とは気づかないと思いますぅふふふ」 「あははは・・はははははは!」 抱腹絶倒した私は、涼介の言う通りにしてみた。 「ぅわっ!最高ッス。社長、演技力ハンパないッスね。受ける〜ぅふふふ、はははははは!」 「じゃ私は一人でモソモソ社員食堂へ行ってみる。涼介は、さりげなく私の周囲を見て、いざという時にはボディーガードよろしく頼んだわよ。」 「了解ッスぅふふふ。面白くなってきたぁはははははは!」 私はピカピカの靴を互いの靴底で踏み付けて汚し、まとめた髪の毛をあちこち(ほつ)れさせ、すっぴんに丸眼鏡、だる〜んとたるんだ表情のまま猫背でスマホを覗き込みながら、ヨタヨタと社員食堂へと向かった。
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