大根役者

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生真面目そうな仁科は、黙りこくって流れゆく外の景色を見ていた。 ああ、真面目な社員を窮地に追い込んではいけない。 私は反省し、違う話を振った。 「ところで、農業部門では他にどんな仕事が多いのでしょう?」 仁科が答える。 「最新の傾向としては、新種の野菜研究に関わる極秘情報の警備関連がダントツです。」 田丸はまた赤面して説明する。 「最新の野菜たちは、感性が豊かに発達しています。特殊な技能に特化して生み出された野菜のテクニックは、もはや人間とは比べものになりません。」 仁科は冷たく言い放つ。 「田丸の説明は言い回しが不適切です。万人に配慮した品のある公正な説明を心がけなさい。」 すると田丸は反撃に出た。 「課長。何か勘違いなさっておられるようですが。僕は、今度のサファリ・ラリーでは牛蒡(ごぼう)にコ・ドライバーを任せようかと考えているところです。牛蒡は暑さや乾燥に比較的強く、大根ほど水を必要としません。真っ直ぐな素直さは大根以上と言っても過言ではありません。」 仁科は黙って聞いていたが、やがて割り切ったように、こんな提案をしてきた。 「社長。この際、人間の社員を思い切って整理することを提案します。無能な社員に高い給料を支払う事は最も馬鹿げた損失です。経理部は課長職以下はすべて野菜に置き換えても何の問題もありません。まあ、有能な大根なら課長だって務まると思いますが。どちらかと言えば、ほうれん草たちが適任かも。とにかく報告連絡相談だけは、きちんとしてもらわないと困りますから。」 「ふう〜む。」 私は、いつの間にか日本の常識が、ここまで変化していた事に驚きを感じながらも、深呼吸をして、社長らしく慈悲深そうに、慎重な言葉を選ぶ。 「いかに無能な社員といえど、生活があるだろう。我が社が彼らに支払った給料は、彼らが培ってきたキャリアの育成に繋がっているのだ。莫大な資本を投入して育ててきたキャリアをみすみす無駄にすることは、得策ではない。いざとなった時、社員が野菜ばかりでは動きがとれない。」 そんな話をしているうち、千葉県内の大根畑が、ちらほら見えてきた。 私は何となく胸騒ぎを感じた。 まだ街中を通過している間に、田丸にガソリンを満タンにするよう命じた。 ガソリンスタンドには、シャレたカフェが併設されていた。 私は田丸に言った。 「私と仁科は、ここのカフェでコーヒーを飲んで待っているから。あなた一人で大根畑へ向かい、大根を誘惑してご覧なさい。上手く誘惑できたら、その大根をこのカフェまで連れていらっしゃい。」 「えっ?僕が一人で?」 「そうよ。女を乗せていては、大根だって誘惑しにくいでしょう?できるだけ物分かりの良さそうな、しっかりした大根を選ぶのよ。」 「はい。わかりました。社長命令とあらば仕方がない。しかし、、、いや、まいったなぁ。」 田丸は困惑した風を装って頭を掻きながらも、嬉しさを隠し切れずニヤニヤしながら、一人、白いベンツで出発したのだった。 私は仁科とカフェに入る。 二人でコーヒーを飲みながら、仁科に、こう切り出した。 「さっきの人員整理の話ね。少し真面目に考えてみましょう。特別なキャリアを必要としない雑用は人間のバイトより大根にやらせた方がいいかもしれない。」 「社長。私もそう思います。最近の若い社員の中には、まともに敬語を話せないモノや挨拶さえできない人間もいます。まったく大根以下です。大根だったら、さっさと煮込んでしまいたいところですが、人間はそうもいきません。」 私は、社員食堂での一件を思い出し、仁科の言葉に深く同調した。 「わかりました。人事部長と相談してみましょう。人事部の中に野菜課を新たに設置して、野菜の採用に積極的に取り組みましょう。」 仁科はまた、こんな話をした。 「野菜たちは非常に有能ですが、まだまだ寿命が短いのが悩みです。最近の品種改良で大きな大根だと20〜30年は生きられるようですが、まだ健康保険や年金などの国の制度が整備されておりません。彼らの多くは収入も少なく、住宅事情も良くありません。病気が流行ると、あっという間に全滅する可能性があるのです。」 「だ、大根の寿命が30年!そこまで進化しているとは。ヘタすると、人間亡き後の土地や家屋の相続問題も発生しますね。大根に相続権があるのでしょうか?!」 夫代理の大根は私より若いからなぁ。 私が死ぬ前に、彼が困らないように何とかしてやりたい、、ってか?! アイツ、43歳とか言ってたよな?! 大根にしては最高齢じゃないのか?!   いったい日本はどうなっているんだ。 どんなに待遇を保障してもキツい・汚い・厳しい3Kの仕事の成り手は少なく、外国人の応援を頼りにしていたが・・ 今や、それどころではなく! 野菜に頼らねばならない社会が到来した。 そう考えると! 野菜ミステリー小説は、案外、需要が高いのかもしれない。 仕事を終えた野菜たちの、密かな癒し、ささやかな楽しみになっているのかもしれない。 野菜限定ネット小説サイトだってあるかもしれないし、野菜の人権ならぬ保護法が整備される日も、そう遠くないだろう。
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