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食卓テーブルには、サラダとベーコンエッグとトーストが用意されていた。
「ごめんなさい。冷めてしまいましたね。温め直しましょうか?」
大根は、私の顔を覗き込んで言った。
「このままでいいわ。私、猫舌だし。」
「では、お飲み物はどうしましょう?いつも通りホットコーヒーでいいですか?」
「いつも通りって…夫は、そんなことまであなたに説明したの?」
大根は、急にうつむいて頬を赤らめた。
大根は、潤んだ瞳で私を見つめると、私の頬にそっとキスして言った。
「ごめんなさい。本当は、僕。旦那さんと、ずーっと前から交渉してたんです。」
「交渉?何を?」
「あなたを愛しています。僕は、もう何年も前から、あなたを愛していました。」
「何年も前?どういうこと?あなたを、いえ大根を買ってきたの…確か昨日じゃなかったかしら?そうよ、昨日、スーパーで安くなってたから買ったはずだわ。」
大根は、コーヒーサーバーにお湯を注ぎながら説明した。
「僕は大根です。ただ、普通の大根ではなく大根役者なんです。僕は、昔から言葉遣いが大根役者みたいだと言われてきました。自分では自覚がなく、普通に話しているつもりなのに。みんなは僕を大根役者と言いました。」
「みんなって、どこのみんな?」
「まあ、友だちは何人かいます。」
「大根なのに?」
「だから大根役者なんです。大根ですけど。」
「わからないわ。何を言ってるのか、さっぱりわからない。」
「いいんです。わからなくて。とにかく僕は、ずーっとあなたが大好きで、いつか、あなたを手に入れたいと思っていました。」
「いや…理解できない。それで何を交渉したというの?夫と。」
「旦那さんには愛人がいました。あなたより20才以上若い女性です。その女性と旦那さんが交際して、かれこれ7〜8年になるでしょうか。」
「そんな前から!」
「僕は、その事を知っていました。そして何も知らないあなたに同情していました。いつか、必ず、この手で、あなたを幸せにしたいと思っていました。旦那さんが愛人に子どもを産ませる決断をした頃、僕の方から旦那さんと交渉を始めました。あなたと離婚すること。あなたが困らないように僕があなたを支えること。」
「大根なのに?!」
「大根役者です。セリフが、まるでなってないんです。まるでウソみたいに聞こえるでしょう?仕方がないんです。大根役者なんですから。」
「ウソみたい、なんじゃなく、本当はウソなんでしょう?」
「いいえ。ウソじゃありません。どんなにウソくさく聞こえたとしても、僕はウソは言ってませんから。」
「じゃあ聞くけど!あなた、何歳なの?名前は何とおっしゃるの?」
「今度の5月で43歳です。名前は大根役者です。大根と呼んで下さって結構です。」
「43歳ですって?!私はもうすぐ51よ。」
「存じております。若々しく、とても50代には見えませんがね。僕は、あなたを必ず幸せにします。あなたのすべてを愛して、あなたをもっともっと若く美しく輝かせたい。」
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