大根役者

6/29

43人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
ある日の朝食後、私がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいると、大根はあらたまって、こう言った。 「一つ、重大な報告とお願いがあります。実は、僕の書いた野菜小説が、昨日、ベジタブルアート文芸賞で大賞を受賞しました。」 「まあ!おめでとう。良かったわね。」 「いえ。そ、それが、手放しで喜ぶ訳にはいかないのです。来週の受賞式に必ず出席する事が、受賞の条件なのです。」 「えっ?出席できない場合は?」 「出席できる次点の人に、大賞を譲ることになるそうです。それで、受賞式に出席できるかどうか、今日中に返事をしなければなりません。」 「そんなぁ〜。せっかくの大賞なのに。で、どうするつもりなの?思い切って出席してみたら?」 「いえ。さすがに、僕は出席できません。残念ながら僕は大根ですから。そこで、お願いです。僕に代わって、あなたに出席していただきたいのです。僕のペンネームは『真白(ましろ) (みのり)』です。女性だったとしても、疑われる心配はないと思います。今まで、僕のプライベートについて詳しい情報を公表したことはありません。あなたが、真白 実として受賞式に出席しても、何の問題もないはずです。」 「ええーっ?!そ、それは、だって、、」 「お願いです。このチャンスを逃したくないんです。大賞を受賞したとなれば、これを機に小説家として仕事の依頼が増えるかもしれません。この受賞は、そうそう巡って来ない、奇跡的な大きなチャンスなんです。」 大根の目は真剣そのものだった。 大根の気持ちは痛いほどよくわかる。 しかし、一度でも、私が『真白 実』に成りすましたなら、私は一生、真白 実として生きなければならないのだ。 「お願いします。どうか真白 実になって下さい。僕は一生、あなたにすべてを捧げます。あなたの幸せのため、あなたが望むことで僕にできることは、どんなことでも命懸けで頑張りますから。」 大根はとうとう、私の足元に土下座して  「お願いします。どうか、どうか、どうかよろしくお願い申し上げます。」 と繰り返した。 私は、大根がかわいそうになり、 「わかったわ。愛するあなたが、そこまで強く望むのなら仕方ない。私たち、本当に一心同体になるのね。」 と言ってしまった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加