大根役者

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「ねえ、その受賞式で、インタビューとかあるのよね?私、あなたの小説を読んだこともないし、たとえこれから読んだとしても、アーティストな言葉で上手くインタビューに答えられるか心配だわ。きっとすぐ、バレるわ。なんだか変だって。」 私は、すでに興奮して喉がカラカラに乾いていた。 大根は、私に生レモンを絞った冷たいレモンスカッシュを差し出して言った。 「大丈夫です。何を聞かれても、まあまあ当てはまるような答えを幾つか準備しましょう。そうだなぁ、例えば『野菜の表面の色と中身の色は違う場合もありますから・・』とか『野菜の栄養はまだまだ解明されておらず、、、野菜は神秘です』とか、僕がいくつかのセリフを考えておきますから。だいたいの雰囲気で、そんなようなことを答えていれば問題ありません。」 大根の説明は、ほぼ説明になっていなかったけれど、そもそも大根の存在そのものが意味不明なのだ。 論理的に辻褄が合わないのは当然というか必然。 私は、とうとう観念した。 大賞を受賞した野菜ミステリー小説 『華麗なる青首大根たちの精進料理風ララバイと謎の肉片』を読み始めた。 しかし私には、まったく意味不明で3ページ読んだら頭が痛くなってきた。 アートだか何だか知らないが、こんな難解な文字の羅列に感動する人がいるのかと思うと、日本人の価値観や日本の未来が不安になる。 だが、この際、そんなことはどうでもいい。 私は真白 実(ましろ みのり)という知的に研ぎ澄まされた作家としての風格を演出するため、鏡の前で顔の表情やスーツの着こなし、視線、手の動きなどを研究していた。 そわそわウキウキして、他の仕事が手につかないらしく、朝から私の周りをうろうろしていた大根は、そんな私の様子を見て言った。 「イイね。いかにも何を考えているか想像もできない神秘性を秘めたアーティストに見えるよ。その怪しい手の動きも、ドキドキして胸騒ぎを扇動する。ああ、やっぱりあなたは僕の思った通りの役者だ。大根役者ではなく、天性の花形役者だよ。」
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